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	<title>ART &#38; SOCIETY RESERCH CENTER [NPO法人アート＆ソサイエティ研究センター]</title>
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		<title>アンドレア・ジッテル インタビュー ／ ハイデザート・テストサイトの軌跡</title>
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		<pubDate>Sun, 22 Aug 2010 04:26:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[Report]]></category>

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		<description><![CDATA[
磯山智之

  ロスアンジェルスから東へ約220キロ、フリーウェイ10号線から分岐した62号線は、北へ向かい一気に高度を稼いだあと、ジョシュアツリー国立公園の北端を縫うように東進する。南側には海抜150mから1500mに跨がる国立公園の砂漠の奇観が続く。アンドレア・ジッテル1主催の『ハイデザート・テストサイト』(HDTS)は、このフリーウェイに沿って点在する砂漠のコミュニティを舞台にした壮大なアート・プロジェクトである。恒久的な作品の設置だけでなく、毎年夏には期間限定の展示やイベントも数多く行われ、地元には現代美術のひとつのありようとしてすっかり定着した。

  しかし、HDTSを体験するのは容易ではない。一番西のサイトから一番東のサイトまで直線距離で80キロ以上、すべてを見ようとすれば2日あってもたりない。ましてや、いくら地図があるといっても、目印の少ない灼熱の砂漠で目的のサイトに一発で辿り着くなんて不可能に近い。行ったり来たり、砂漠の只中で道に迷うこともHDTSの醍醐味である、とアンドレア自身も言っている。

  2000年にジョシュアツリーに住居を構えて以来、アンドレアと友人達とともに私財を投じて近隣の土地を購入し、アーティスト達に表現の場を提供してきた。何が彼女を突き動かし、何を彼女はこの砂漠の酷い照り返しの下で見てきたのだろう。七年に亘るHDTSの活動をアンドレアに振り返ってもらった。 


Allen Compton (from HDTS 3) / Photo credit: none


TI: HDTSがこの砂漠のコミュニティにもたらしたものは何だったと思いますか。あなたはただアート・プロジェクトを設置するだけでなく、アートを取り巻く文化そのものをこのコミュニティに移植しようとしたように見受けられますが。 
AZ: この辺りの砂漠の街にはアートも文化も何もなかったって思っている人も多いけど、それは間違いね。私が引っ越してくる前から、この辺りにはいろんな人たちが移り住んで来ていて、多様でかつ自由なコミュティだったわ。ロッククライマーたちはずっと前からここに住んでいるし、(ロック・クライミングは重要な観光資源ね、ここでは)、 60年代にはヒッピー達もきたし、それからミュージシャンも集まって来たわ。美術をやる人たちは定年後に引っ越してきた年配の人たちが多かったけれど、今ではHDTSのせいもあって現代美術の作家も増えて来たし、建築家やデザイナーもニューヨークやロスから引っ越して来て、コストの安いこの辺りで実験的な家を造ったりもしている。ここにはクリエイティブなコミュニティがすでに存在していて、HDTSは新たにその中に加わった小さなグループということになるわね。 

TI: 現代美術の設置が、街や砂漠の景観に及ぼす影響についてはどう考えていましたか。 
AZ: HDTSを始めた頃(2002年)は土地も安かったから、買えるところはどんどん買って、恒久展示の作品を砂漠の風景の中に設置していくということを続けたけれど、2年もやるとね…　こんなに美しい砂漠の風景を、大きな人工物を付け加えることによって、矮小化して公園みたいなものにしてしまっているんじゃないかって思うようになったの。それよりも、パフォーマンスとか、期間限定の展示など、もっと直接コミュニティと関わっていくような作品のほうが、ここでやる意味があるような気がするわ。 


左）Sarah Vnderlip / Photo credit: David Dodge
右）Miguel Nelson (from HDTS 07) / Photo credit: David Dodge

TI: 面白いですね。最初は時が経てば恒久展示の作品は砂漠の風景に馴染んでいくのではないかと思っていたが、実際はそうではなかった。 
AZ: そうね。初めて砂漠に来るとね、設置してある作品も含めてすべてがとんでもなく美しく見えてびっくりするんだけど、暫くすると、美しいのは風景そのものであって、そこに置かれた作品は視覚的なおまけにすぎないと気がつくのね。 

TI: あなたは、エスコンディードというサンディエゴ郊外の小さな街の生まれですが、HDTSを始めた動機との関連はあるのでしょうか。
AZ: そうね。私はカリフォルニア人としては3代目。私の曾祖父は開拓者で馬車に乗って西部に来た人たちの一人ね。祖父たちは、少しずつ砂漠を農地に開墾していった人たちだし、父と母は何もない町が郊外として発展していくのを目の前で見た人たちだった。つまり、それぞれが、それぞれの時代のカリフォルニアの開発の目撃者だったわけね。
開発、都市化というのは、まるで寄生虫のような気がすることがあるわ。私が砂漠のこの地域に来たのは、ここなら厳しい気候と不便さのせいで、開発のスピードが他より緩やかなんじゃないかと思ったからだけど、そんなことはなかったわ。でもね、ここで私が活動を行うことで、急激な開発と発展をよしとしないという価値観を持った人が集まってくるようになれば、新たにそういう価値観に根ざした一つの都市の形というものを呈示できるんじゃないかと思うの。 


左）Marie Lorenz (from HDTS 1) / Photo credit: Andrea [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
磯山智之<br />
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  ロスアンジェルスから東へ約220キロ、フリーウェイ10号線から分岐した62号線は、北へ向かい一気に高度を稼いだあと、ジョシュアツリー国立公園の北端を縫うように東進する。南側には海抜150mから1500mに跨がる国立公園の砂漠の奇観が続く。アンドレア・ジッテル1主催の『ハイデザート・テストサイト』(HDTS)は、このフリーウェイに沿って点在する砂漠のコミュニティを舞台にした壮大なアート・プロジェクトである。恒久的な作品の設置だけでなく、毎年夏には期間限定の展示やイベントも数多く行われ、地元には現代美術のひとつのありようとしてすっかり定着した。<br />
<br />
  しかし、HDTSを体験するのは容易ではない。一番西のサイトから一番東のサイトまで直線距離で80キロ以上、すべてを見ようとすれば2日あってもたりない。ましてや、いくら地図があるといっても、目印の少ない灼熱の砂漠で目的のサイトに一発で辿り着くなんて不可能に近い。行ったり来たり、砂漠の只中で道に迷うこともHDTSの醍醐味である、とアンドレア自身も言っている。<br />
<br />
  2000年にジョシュアツリーに住居を構えて以来、アンドレアと友人達とともに私財を投じて近隣の土地を購入し、アーティスト達に表現の場を提供してきた。何が彼女を突き動かし、何を彼女はこの砂漠の酷い照り返しの下で見てきたのだろう。七年に亘るHDTSの活動をアンドレアに振り返ってもらった。 <br />
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<img src="http://www.art-society.com/researchcenter/wp-content/uploads/2010/08/01_Allen-Compton.jpg" alt="" title="01_Allen Compton" width="550" height="254" class="alignnone size-full wp-image-451" />
Allen Compton (from HDTS 3) / Photo credit: none<br />
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<span id="more-444"></span><br />
<em>TI: HDTSがこの砂漠のコミュニティにもたらしたものは何だったと思いますか。あなたはただアート・プロジェクトを設置するだけでなく、アートを取り巻く文化そのものをこのコミュニティに移植しようとしたように見受けられますが。 </em><br />
AZ: この辺りの砂漠の街にはアートも文化も何もなかったって思っている人も多いけど、それは間違いね。私が引っ越してくる前から、この辺りにはいろんな人たちが移り住んで来ていて、多様でかつ自由なコミュティだったわ。ロッククライマーたちはずっと前からここに住んでいるし、(ロック・クライミングは重要な観光資源ね、ここでは)、 60年代にはヒッピー達もきたし、それからミュージシャンも集まって来たわ。美術をやる人たちは定年後に引っ越してきた年配の人たちが多かったけれど、今ではHDTSのせいもあって現代美術の作家も増えて来たし、建築家やデザイナーもニューヨークやロスから引っ越して来て、コストの安いこの辺りで実験的な家を造ったりもしている。ここにはクリエイティブなコミュニティがすでに存在していて、HDTSは新たにその中に加わった小さなグループということになるわね。 <br />
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<em>TI: 現代美術の設置が、街や砂漠の景観に及ぼす影響についてはどう考えていましたか。 </em><br />
AZ: HDTSを始めた頃(2002年)は土地も安かったから、買えるところはどんどん買って、恒久展示の作品を砂漠の風景の中に設置していくということを続けたけれど、2年もやるとね…　こんなに美しい砂漠の風景を、大きな人工物を付け加えることによって、矮小化して公園みたいなものにしてしまっているんじゃないかって思うようになったの。それよりも、パフォーマンスとか、期間限定の展示など、もっと直接コミュニティと関わっていくような作品のほうが、ここでやる意味があるような気がするわ。 <br />
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<img src="http://www.art-society.com/researchcenter/wp-content/uploads/2010/08/02_Photo.jpg" alt="" title="02_Photo" width="550" height="188" class="alignnone size-full wp-image-454" />
左）Sarah Vnderlip / Photo credit: David Dodge<br />
右）Miguel Nelson (from HDTS 07) / Photo credit: David Dodge<br />
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<em>TI: 面白いですね。最初は時が経てば恒久展示の作品は砂漠の風景に馴染んでいくのではないかと思っていたが、実際はそうではなかった。 </em><br />
AZ: そうね。初めて砂漠に来るとね、設置してある作品も含めてすべてがとんでもなく美しく見えてびっくりするんだけど、暫くすると、美しいのは風景そのものであって、そこに置かれた作品は視覚的なおまけにすぎないと気がつくのね。 <br />
<br />
<em>TI: あなたは、エスコンディードというサンディエゴ郊外の小さな街の生まれですが、HDTSを始めた動機との関連はあるのでしょうか。</em><br />
AZ: そうね。私はカリフォルニア人としては3代目。私の曾祖父は開拓者で馬車に乗って西部に来た人たちの一人ね。祖父たちは、少しずつ砂漠を農地に開墾していった人たちだし、父と母は何もない町が郊外として発展していくのを目の前で見た人たちだった。つまり、それぞれが、それぞれの時代のカリフォルニアの開発の目撃者だったわけね。<br />
開発、都市化というのは、まるで寄生虫のような気がすることがあるわ。私が砂漠のこの地域に来たのは、ここなら厳しい気候と不便さのせいで、開発のスピードが他より緩やかなんじゃないかと思ったからだけど、そんなことはなかったわ。でもね、ここで私が活動を行うことで、急激な開発と発展をよしとしないという価値観を持った人が集まってくるようになれば、新たにそういう価値観に根ざした一つの都市の形というものを呈示できるんじゃないかと思うの。 <br />
<br />
<img src="http://www.art-society.com/researchcenter/wp-content/uploads/2010/08/03_Photo.jpg" alt="" title="03_Photo" width="550" height="188" class="alignnone size-full wp-image-455" />
左）Marie Lorenz (from HDTS 1) / Photo credit: Andrea Zittel<br />
右）Giovanni Jance (from HDTS 2) / Photo credit: David Dodge<br />
<br />
<em>TI: それはあなたの他の作品、Smock Shop3 や Small Unit Housing に通じる考え方ですね。必要最小限の構成、サイズでありながらも、デザインは遊び心にあふれている。 </em><br />
AZ:そうね。私はものごとというのは一定のサイズ以上にはしない方がいい、と信じているの。Smock Shop にしても HDTS にしても私は枠組みを設定するだけで、そのあとはそれが独立して、それ自体で進化していくというやり方が好きなの。もちろん、最初の枠組みしだいでそれがうまくいくかいかないか決まる訳だけど。 HDTSにはわざととてもルースな枠組みが設定されているわ。なぜかというと、ものごとがうまく行かなくなるのは、規則が厳しすぎたり、何がおこるか簡単に予想がついてしまったりで、活動が低調になるからね。HDTSでは、一応キュレイションのプロセスがあるけれと、それでも基本的には自由であることを大切にしているわ。<br />
そもそも、HDTSをはじめた動機の一つは、アーティストが美術館やギャラリーなどの大きな組織から展覧会をやる許可を貰うのを待っている（という姿勢でいる）のに、私自身が飽き飽きしていたからなのよ。アーティストはもっと小回りが効いて、そういう大きな組織が気にしなくちゃいけない事とは関係ないんだから、もっといろいろ勝手にやるべきなのよ。そういうアーティストと作品を「世界に出す」ためにHDTSはあるのよ。アートは、美術館やギャラリーと関係ないところでじかに経験することで、その意味がもっと面白くなるはずなのよ。<br />
もちろん、HDTS自身が大きくなりすぎた、という反省はあるわ。大きすぎて融通の効かない組織になってしまったかもしれない。それに、そういうものに対抗しようとしてはじめたことだから、そうだとしたら一度立ち止まらなければならないわね。だから今年は、コンセプトを練り直すためにHDTSはやらないことにしたの。このまま大きくしていくか、それとも規模を縮小してフットワークの軽さと独立性を維持することを重視するか、考えているところね。 <br />
<br />
<em>TI: 具体的にはどんな方向転換を考えているのですか？</em> <br />
AZ: 当初の目的により沿って、もっとアーティストのエージェントとしての活動をしていくということね。2010年からは、アーティストに作品を設置する「許可」を与えるのではなく、独自に活動しているアーティストの情報を集め発信していきたいと思っているの。場所を提供したり、イベントを主催したりするのではなく、私たちが見つけたアーティストをウェブサイトや出版物を通して紹介していく。ジョシュアツリーのダウンタウンに物件を借りてインフォーメーションブースにする手もあるわ。この砂漠のコミュニティに広がるいろんなプロジェクトの地図と情報をそこで手に入れられれば便利よね。 <br />
<br />
<em>TI: もう紹介したいアーティストに心当たりはありますか。 </em><br />
AZ: うん、ワンダーヴァレーにすんでいる女性のアーティストがいるんだけど、彼女はもう何年も前から、週末になるとアンボイという廃墟の町に出かけていって、高速道路脇のうち捨てられたちいさなキャビンに抽象的な映像を映写する、ということをやっているの。4　彼女の活動のことは誰も知らないから、夜遅くに近くを通りかかった人たちにとっては、大いに驚きであり、楽しみよね。彼女みたいな人たちを紹介する機会をもっと増やしていきたいわ。 <br />
<br />
<img src="http://www.art-society.com/researchcenter/wp-content/uploads/2010/08/04_Photo.jpg" alt="" title="04_Photo" width="550" height="188" class="alignnone size-full wp-image-456" />
左）Person in a Cracked Dry Lakebed / Photo credit: Jeff Reed) <br />
右）Andrea Zittel Portrait / Photo credit: none) <br />
<br />
<em>TI: やはり、許可を与える側にはなりたくない、ということですか。 </em><br />
AZ: うーん、もっとアーティスト達がいろんなプロジェクトをやるのを応援したいということね。別に美術館やギャラリーなどの権威に反抗しているわけではなくて、ただ、アーティスト達は、自分そのものを権威として、もっと自発的にいろんなことを実現していくべきだと思うわ。<br />
<br />
##### <br />
<br />
  アンドレアの言うアーティストの自主性の大切さというのは、美術館、ギャラリー、コレクターという美術作品を媒介とした経済活動の外側にいることの面白みをアーティストはもっと認識するべきだということであろう。HDTSは砂漠のコミュニティのリベラルな住民に後押しされて自主的に発展してきた。参加した多くの有名なアーティストやオーディエンスにとっては、アートが非日常的体験への水（砂）先案内人となる、刺激的なイベントであったはずだ。<br />
  アンドレアの言葉によれば、それはアートが日常とまじわるときの曖昧な境界の感じを味わうことなのだと。砂漠の中を歩き回っていて、なんだか不思議なものを見つけて、あれはいったい何だったんだろうと一日中考える。「『説明がつかないけど、不思議にすばらしいもの』ってあるでしょ。あれはアートですって最初に言っちゃったら、台無し」なのである。 </p>
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		<title>未建築な建築／この未完なものの素晴らしさ</title>
		<link>http://www.art-society.com/?p=438</link>
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		<pubDate>Sun, 22 Aug 2010 04:20:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[Report]]></category>

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		<description><![CDATA[
藤原惠洋 （九州大学大学院芸術工学研究院教授・建築史家・工学博士）

１．プロローグもしくは建築の省察への径（みち）
２．小屋への偏愛
３．津久見市のミカン小屋との邂逅
４．ミカン小屋の建築性
５．ミカン小屋の成立の背景
６．今和次郎の感受性で
７．建築の初源へ



１．プロローグもしくは建築の省察への径（みち）
　建築をあらためて味わい直すこと。いくつかの出来事が偶然に符合するかたちで老境の私にもたらされている。自分を見つめる鏡など持ちはしないが、まわりに生じている状況をたぐり寄せながら、この偶然をどう必然に変えて行けるのか、ふたたびの省察よろしく考えてみるのも悪くない。

　１９７０年代に学生として建築を真摯に学ぼうと志した頃、鉄とガラスとコンクリートという素材に基づく近代主義（モダニズム）建築が前提とされていた。わずか数年の後、その禁欲ぶりが諧謔的に乗り越えられようとして、いわゆるポスト・モダニズム建築が流行り出した。当時は十分に無垢だった建築学徒にとって幸いだったのか不幸だったのか、今もって知る由もない。なぜなら熱情的な思いをもって建築デザインの世界に漕ぎ出そうとしながら、わずか数歩踏み込んだだけで頓挫してしまったからだ。建築外に理由を背負って、なにも果たせぬまま、いち早く私は建築デザイン世界の傍観者を決め込んだ。

　つまり創らず、手を染めず、近寄らず、常に建築を内省すること。長い間、私がとり続けたスタンスは省察への径を掃き清める小坊主のような態度にほかならない。 

２．小屋への偏愛
　だからなのか。建築ではなく、小屋への偏愛がある。しかも私はそれらを小屋とは呼ばず、未建築な建築、と長らく称してきた。完成度や建築デザインの強度のようなものを直視せず、むしろ未完成さや未成熟さを念頭に置きながら、それらをゆっくりと愛でてみようという嗜好である。

　ところで人の成長を見る言葉に「ビルドゥングスロマン」という概念があるように、人間的成熟と建物を構築していくことが、すこぶる近似していることは興味深い。ヒトとして成長し、道徳的に立派になることが社会的には是とされることと同じく、構築されるものには予定調和とも言える設計行為や丁寧な細部の納まりが戦略的に用意される必要がある。本来の建築デザインとはこのように誇らしげな作業を言うのだろう。律儀な建築学徒として奮闘していた頃の記憶を辿っていけば、そのことはどこかでわかっていても、実際の設計行為の現場には数えきれないほどの外的要因のジグゾーパズル的組み合わせが立ちはだかっており、この間の設計行為のほとんどが対立や対峙の調停作業であった。

　そのためか、設計事務所での無限軌道のような仕事にわずかな暇が見つかると、私は町の路地裏や田舎風情の中の未建築な建築を味わいに一夜の漂泊やささやかな旅へ出た。近代特有の素材や頑迷な自我や意識によって構築された建築が鎮座し屹立し社会を睥睨する、のではなく、自分の足元とつながった大地や風土の中に静かに佇む存在感に感じ入っては、どこか酔いしれた。設計事務所での予定調和を構築していく作業に余儀なくされながらも、感受性のレベルではどんどん傍観行為へ傾斜していく。こうした若い時期の自堕落な行為に含まれた私自身の未建築な建築の探訪作業とはいったい何だったのか、今もって正直に語ることはできない。現実逃避か。風化の美学か。完成を阻んだり、自己解体に至るような真似も設計行為以外に繰り返した。

　このような自家撞着とも言える長くて蒙いトンネルをようやく抜け出そうとしているのかもしれない。最近になり、小屋や未建築な建築に対する冷静な分析作業への関心がとみに生じて来た。ここには写真家の藤田洋三氏が愚直にも唱えてきた「世間遺産」的な現象の愛し方や見つめ方といった御指南が効いている。 

３．津久見市のミカン小屋との邂逅
　最近のことだが、私は仲間たちと大分県津久見市に集い、前々から気になっていた小規模建物群の緊急調査を実施した。とは言っても、可及的速やかな保存や再生が求められるどこかの中央郵便局のような切羽詰まった問題があるわけではない。豊後水道に映る津久見市の背後に広がる崖地の特産みかん畑の中でぽつぽつと見えている何気ない小屋。このささやかな積石造建築を学術的に検証してみたいと強く思っていた。そこで腕の達者な面々と本気の調査に及んだのだった。

　せいぜい幅４メートル、長さ５メートル程度のささやかな小屋に過ぎない。津久見市のミカン山なら、どこにでもある。じつにその数二百有余。見上げながら魅力や不思議さに取り憑かれた先達がまだ若い加茂恵介氏。家業の傍ら、原付バイクでミカン山に点在する小屋の基礎調査を続けた。いったいいつの頃から生じたのだろうか？どれくらい津久見に存在したのか？そしてこれからどうなるのだろうか？と。

　藤田洋三氏が泥の詩人と呼ぶ「月刊左官教室」編集長小林澄夫氏を誘い、この小屋の探訪に及んだのが１５年程前のこと。月日は経ったものの、他者の視線をようやく土地の青年が受けとめ、地域固有の価値として見つめ直そうとしている。私に与えられた前情報はこうした不定形なものに過ぎなかった。

　ところで津久見市はミカンとセメントの産地である。ミカン小屋の材料に石灰石と石灰製造過程で生じる下灰（げばい）が用いられるのも偶然ではない。下灰と土には海岸から塩水を汲んで混ぜると硬化が進み三和（たたき）土ができる。地産の資源が生かされている。同時に、ミカン小屋は豊後水道の対岸に広がる愛媛ミカンと競合しないよう二ヶ月もの保管を重ねて出荷時期を調整するための貯蔵保管庫の性格を持つ。そのため津久見ではミカンは巨大な産業となった。津久見市ならではの近代化遺産と言ってもよい。 

４．ミカン小屋の建築性
　今回は山地の斜面を棚田状態に開墾したミカン畑の中に分け入り、合計７棟の実測調査と詳細な検討を実施した。その結果、意外なことが判明した。

　ミカン小屋の基本的な構造は壁構造である。石灰石をおおむね垂直に積み上げ、その隙間を三和土で充填した分厚い壁を構造体として持つ。一方、内部のミカン箱を載せる木棚は壁から自立した構造となっており、同時に小屋組も壁上端に梁・桁を載せ、そこから京呂組で小屋架けをし、中央に束を立てて棟木を支え、ここから垂木を架けたものが大半であった。いわば積石造と在来木造を巧みに取り合わせた混構造である。　

　加茂氏によれば、現地ではミカン小屋は素人によって建てられたと伝えられている。現在、利用されているミカン農家の先代や先々代によって建てられたという伝聞が多い。しかし積石造と在来木造の構造体をつぶさに見ていると、優れた技や熟練した技術が見られる。付近の石灰工場からもらってきた下灰を活用したという。石灰石と杉の間伐材等の利用も含め、典型的な地産地消である。しかし古来から生み出された構造手法である版築（はんちく）は高いレベルにある。だが材料の切り出しや表面の仕上げはたしかに粗い。石灰石も間伐材の表面は荒々しく削られ、そのことがかえって野趣味な味わいを醸し出している。小屋架普請を大工が造作した場合もあったに違いない。棟木周辺に普請時の記録がないものか、と探した結果、津久見市千怒（ちぬ）の新地斜面に建てられたもの一棟に「昭和二十九年」の墨書が確認された。この地域は新しいミカン山と言われ、この小屋も一度建て直されたことがあると伝聞されるものの、それでも築後５４年を過ぎていることが判明した。

　こうした三和仕上げの壁を津久見ではオオ壁と呼ぶが、ミカン小屋以外にも蔵、石垣、家屋の基礎周り、練り塀、井戸や水槽・水溜の縁壁、道路表面の舗装等に見られる。石灰石から造った石灰と山の土と海水の灰汁（あく）の混合によって堅い仕上げ面が生まれる。

　わが国では明治期の土木界や明治末期から大正期にかけての建築界がコンクリート技術をヨーロッパから習得する以前、在来の壁や構造技法として三和土を用いた壁技法が成立しており、大規模な建設では築城や港湾の波止場を構築している。とくに建築では、構造柱や梁・桁の姿をそのまま見せる真壁づくりに対し、防火を旨として構造体を壁の中に隠した大壁づくりが広がるが、津久見で言うオオ壁もこの技術とつながるものであろう。今回の実測調査では、まずこのような高い建築性を認めることができた。 

５．ミカン小屋の成立の背景
　ミカン小屋所有者に稼働内容を聞き取ると次のようである。

　１０月中旬から早生ミカンの収穫が始まる。その後、１２月から温州ミカンの収穫が続く。２週間から３週間で収穫で急ぎ終える。まず木造のミカン箱に詰める。一方、ミカン小屋の中の木棚に割竹を簀の子状に敷き、その上に箱を並べて保管する。正月の市場に出す頃まで最長で２ヶ月程度保管が効くという。

　保管したうえで出荷するという津久見ならではのロジスティック手法のメリットは対岸の愛媛みかんと出荷時期をずらすことができる点、さらには保管するとその分、甘味を増すといわれる。

　そのため、ほとんど開口部を持たず密閉された倉庫空間には、通風性を高める換気穴が壁の上下や床下に煙突効果となるよう穿たれており、石灰の影響も加味されて保管期間が優れて長いと考えられる。

　ミカン小屋は、ほとんどの形状が、平屋に切妻屋根を小屋架しただけの単純な家のかたちとなっている。その規模と形状は、元来開墾された狭い区画の棚田の形状に影響されている。配置の法則性に関しては一定の方角を認めることができない。

　傾斜地を利用して小屋の半を地中に埋めたものもある。中には２階建てがあるが、高低差を利用して入り口を違わせ、各階での搬出入作業がしやすくなっている。その場合、主として２階開口部から入れ、１階から取り出して市場に出荷するようである。

　津久見市は大半が石灰岩による地勢を有しており、海岸部もリアス式の複雑な入り江を持つ。石灰焼きは江戸期に始まり、幕末には石灰産業が臼杵藩の特産となっている。近代以降、徐々にセメント産業や石灰製造が盛んになり、青江地区だけで１００軒もの石灰工場が生まれている。そのため海岸部には積み出しの荷揚げ場が造成され積出港として整備され、大正年間には国鉄日豊本線津久見駅が開業している。大正６年桜セメント創業、同８年大分セメント、昭和９年太平セメントの工場が広がり、昭和１３年に小野田セメントに合併吸収されている。戦後の高度成長期まで活況を呈し、

その後は会社規模を縮小・再編成しながら現在に至るが、今もなおセメント・石灰は津久見市の主要産業である。

　一方、ミカン栽培は明治末期から開拓された。元来、津久見市はフィヨルドのような入り江が深く長く続き、田畑が極端に少ない。そのため農業以上に漁業や山林業が隆盛を極めた時期もあったが、明治の頃から山林業に付加価値を求め石見の国島根に学ぶように椎茸栽培の技が持ち帰られて、一気に流行っていった。クヌギに椎茸菌を打ち込むコマ打ち技術は全国でも屈指のものであった。全国各地へ技術指導に出回り、その収入で山林を取得していく。そのあがりを繰り返し椎茸に戻した者もいたが、目鼻が効く者はさらに次のアイデアに挑む。

　豊後水道を挟んだ対岸は愛媛県宇和地方で、宇和島等には荒波を超える航路で簡単に行き来できる。潮風を受けて育つ愛媛みかんの甘味が高いことは世に知られている。海から見上げる斜面地のみかん栽培はわが国屈指の果樹産業を導き出した。この風景に注目したのが津久見の起業精神溢れた農家たちで、新たにみかん栽培を起こしたのだった。

　しかし問題がひとつある。どんなに尽力しても先行する愛媛みかんの甘味や魅力を超えることができない。そこで誰かがふと思いついたのが、出荷時期を遅らせ市場に出せないものか、ということ。みかん小屋は現代的に言えば、このロジスティクスを叶えるために考案された保管倉庫にほかならない。１１月から正月へかけて全国の市場へ愛媛みかんが出回った後、ゆるりと津久見みかんが流通しだす。

　ここで意外なメリットがさらに見つかってみかん農家の面々は小躍りする。津久見ならではの石灰石と三和土でつくったみかん小屋に保管していると、知らず甘味が増すというのだ。その期間は最大で２ヶ月という。腐りもせず甘味も増す。出荷時期も調整できる。そのうえ小屋の建設には潤沢な資金等不要で、みかん畑の一角にわずかな敷地を用意し、セルフビルドよろしく建前を進めていけばわずかな期間で完成する。すべてが良い事尽くめの小屋なのだ。 

６．今和次郎の感受性で
　あらためて自分のことで恐縮だが、私は青年期、熱狂的に建築家をめざした。しかし手練手管のセンセイ方の足下で現場やクライアントとの打合せに応じていると気が引けてくる。建築を社会的に創出する作業は、崇高な創造作業である聖場面と現世の娑婆を相手にした丁々発止の俗場面とが入り交じり、気の弱さを少しでも見せれば、どんな素晴らしいアイデアやコンセプトも縮みあがらざるをえない。撤退の記憶ばかりが建築から思い出される。

　その後、設計から撤退し建築史研究を目指した頃、考現学の創始者今和次郎を知った。明治以降のわが国の建築設計界には妙な学閥系統があり、そのことを師であった故村松貞次郎東大名誉教授は建築家山脈に例えて看破していた。公共性の強い官の系譜の頂点に東大閥があるとすれば、在野の早稲田はデザイン力が傑出しており、イチモクもニモクも置かれてきた。こうした前人未到な設計力や現場力の背景に、なにやら卓抜なフィールドワーク力や観察力や洞察力があるらしい。日本におけるコルビュジェの三大弟子の一人吉阪隆正や早大吉阪研究室が母体となったU研から象設計集団へ、さらには石山修武の仕事へ続く在野性は優れて独創的である。その壮大なバックボーンとして今和次郎の存在があった。

　神田古書市あたりで戦前の今和次郎著書を蒐集した。巧みなスケッチと考現学採集は出色である。そのあげく何処にでもあるような農家ともあばら屋とも小屋ともつかない建物を累々と紹介していく。史上に残る「民家」という概念が与えられた一群の建築物である。それらを嘗めるように読みながら、うかつにもそれが素敵に感じられる。じつに複雑な気がする。

　私の故郷にあったものとなんら違わない。間取りや構法こそ違えども、使用後の哀愁を帯びた茅葺きの雰囲気や、桧・杉・ヒバ等がついさっきまで里山に生きていた存在感をもって柱や梁を果たしている様子。地産地消や地域固有資源といった言葉も脳裏をよぎる。このとき初めて、理由もわからず小屋へ抱いていた偏愛を、今和次郎の視線を借りて理解できるような気がした。

　あらためて津久見のミカン小屋を辿っておこう。かつて十年程前まで一村一品運動という地域おこしを率先して推進したのが大分県ならば、この小屋こそ、まさに地産地消の代表とでも言わなければならない優れモノである。津久見市と言えば石灰石産出地で知られる。その背後の石灰石や石灰を生かした三和土（たたき）の建築材料を駆使し、ミカン農家がみずから構築したぶ厚い壁。内側に混構造よろしく里山から生じる間伐材や廃材や転用材を使って保存棚を組む。換気システムも工夫し、ミカン収穫後の搬出入の工夫も怠らない。包括的に見ていけば、典型的な地域固有の建築にほかならない。 

７．建築の初源へ
　昨年から九州大学大学院芸術工学研究院公開講座を企画し楽しんでいる。一連のテーマは、キーワードで言うと芸術、建築、初源である。世にさまざまな芸術や建築の様相が展開するものの、そのおおもとを辿っていけば、ひとつの思想や哲学に辿り着くのではないだろうか、そんな微かな予感があって、企画を創出した。

　昨年度前半は「市民参加型アートの楽しみかた」、後半が「芸術の初源を探る」、そして今年度は前半に「２１世紀の建築探偵VS考現学」と入門的内容を積み上げ、続く現在は「建築の初源を探る」を開講中である。おかげで多くの市民受講生が集い、講義と議論をたんのうしている。目玉は学外演習だろう。なにはともあれ実際の現場へ行き、建物や周辺環境をおおいに味わってみようと意欲的なフィールドワーク・プログラムを実施している。

　たとえば現在の「建築の初源を探る」では、古代王朝との関係を強調される阿蘇神社や九州随一のエネルギースポットと名高い幣立神宮を訪ねた。続く演習メニューも目白押しであるが、最後の卒業演習には津久見市へ遠征し、このミカン小屋の実測調査を体験してもらうというメニューを用意している。

　さてミカン小屋を建築としてどのように評価していくのか。あらためて論考をまとめたい。結論的に言えば、素晴らしい珠玉のような建築の原形であると私は考えている。その地の資源や資産を洞察し、発掘されたリソースに働きかけて建築へ育てていく行為が折り重ねられて、このミカン小屋は世に生まれ出た。

　建築デザインとはかくあるべし。あらためてそう思える。

　ささやかな小屋に過ぎないが、この中には悠然と広がる建築への想いが凝縮されているように思える。建築を味わい直すことができるのだ。むろん何処にもそのような企てや建築的野心を発揮したミカン農家などいたはずもない。勝手に実測調査を楽しむ私たちがそう夢想しただけのこと。しかし初源とも言える簡潔直裁なこの小屋を前に、あらためて建築を味わい直したいと思った私には、想像力を逞しくすれば、山川草木に宿る神への感受性や神籬から生まれ出た神社の社殿や、古代ギリシャが生み出したアテネの神殿建築へ営々と派生していく建築の原形に見えてしかたがない。決して完結も完成もしていない未完さがゆえに漂う初源性がふんだんに込められている。この未完性こそミカン小屋がもたらしてくれる最も重要な建築としての魅力だとあらためて認めなければならない。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
藤原惠洋 （九州大学大学院芸術工学研究院教授・建築史家・工学博士）<br />
<br />
１．プロローグもしくは建築の省察への径（みち）<br />
２．小屋への偏愛<br />
３．津久見市のミカン小屋との邂逅<br />
４．ミカン小屋の建築性<br />
５．ミカン小屋の成立の背景<br />
６．今和次郎の感受性で<br />
７．建築の初源へ<br />
<br />
<span id="more-438"></span><br />
<br />
<strong>１．プロローグもしくは建築の省察への径（みち）</strong><br />
　建築をあらためて味わい直すこと。いくつかの出来事が偶然に符合するかたちで老境の私にもたらされている。自分を見つめる鏡など持ちはしないが、まわりに生じている状況をたぐり寄せながら、この偶然をどう必然に変えて行けるのか、ふたたびの省察よろしく考えてみるのも悪くない。<br />
<br />
　１９７０年代に学生として建築を真摯に学ぼうと志した頃、鉄とガラスとコンクリートという素材に基づく近代主義（モダニズム）建築が前提とされていた。わずか数年の後、その禁欲ぶりが諧謔的に乗り越えられようとして、いわゆるポスト・モダニズム建築が流行り出した。当時は十分に無垢だった建築学徒にとって幸いだったのか不幸だったのか、今もって知る由もない。なぜなら熱情的な思いをもって建築デザインの世界に漕ぎ出そうとしながら、わずか数歩踏み込んだだけで頓挫してしまったからだ。建築外に理由を背負って、なにも果たせぬまま、いち早く私は建築デザイン世界の傍観者を決め込んだ。<br />
<br />
　つまり創らず、手を染めず、近寄らず、常に建築を内省すること。長い間、私がとり続けたスタンスは省察への径を掃き清める小坊主のような態度にほかならない。 <br />
<br />
<strong>２．小屋への偏愛</strong><br />
　だからなのか。建築ではなく、小屋への偏愛がある。しかも私はそれらを小屋とは呼ばず、未建築な建築、と長らく称してきた。完成度や建築デザインの強度のようなものを直視せず、むしろ未完成さや未成熟さを念頭に置きながら、それらをゆっくりと愛でてみようという嗜好である。<br />
<br />
　ところで人の成長を見る言葉に「ビルドゥングスロマン」という概念があるように、人間的成熟と建物を構築していくことが、すこぶる近似していることは興味深い。ヒトとして成長し、道徳的に立派になることが社会的には是とされることと同じく、構築されるものには予定調和とも言える設計行為や丁寧な細部の納まりが戦略的に用意される必要がある。本来の建築デザインとはこのように誇らしげな作業を言うのだろう。律儀な建築学徒として奮闘していた頃の記憶を辿っていけば、そのことはどこかでわかっていても、実際の設計行為の現場には数えきれないほどの外的要因のジグゾーパズル的組み合わせが立ちはだかっており、この間の設計行為のほとんどが対立や対峙の調停作業であった。<br />
<br />
　そのためか、設計事務所での無限軌道のような仕事にわずかな暇が見つかると、私は町の路地裏や田舎風情の中の未建築な建築を味わいに一夜の漂泊やささやかな旅へ出た。近代特有の素材や頑迷な自我や意識によって構築された建築が鎮座し屹立し社会を睥睨する、のではなく、自分の足元とつながった大地や風土の中に静かに佇む存在感に感じ入っては、どこか酔いしれた。設計事務所での予定調和を構築していく作業に余儀なくされながらも、感受性のレベルではどんどん傍観行為へ傾斜していく。こうした若い時期の自堕落な行為に含まれた私自身の未建築な建築の探訪作業とはいったい何だったのか、今もって正直に語ることはできない。現実逃避か。風化の美学か。完成を阻んだり、自己解体に至るような真似も設計行為以外に繰り返した。<br />
<br />
　このような自家撞着とも言える長くて蒙いトンネルをようやく抜け出そうとしているのかもしれない。最近になり、小屋や未建築な建築に対する冷静な分析作業への関心がとみに生じて来た。ここには写真家の藤田洋三氏が愚直にも唱えてきた「世間遺産」的な現象の愛し方や見つめ方といった御指南が効いている。 <br />
<br />
<strong>３．津久見市のミカン小屋との邂逅</strong><br />
　最近のことだが、私は仲間たちと大分県津久見市に集い、前々から気になっていた小規模建物群の緊急調査を実施した。とは言っても、可及的速やかな保存や再生が求められるどこかの中央郵便局のような切羽詰まった問題があるわけではない。豊後水道に映る津久見市の背後に広がる崖地の特産みかん畑の中でぽつぽつと見えている何気ない小屋。このささやかな積石造建築を学術的に検証してみたいと強く思っていた。そこで腕の達者な面々と本気の調査に及んだのだった。<br />
<br />
　せいぜい幅４メートル、長さ５メートル程度のささやかな小屋に過ぎない。津久見市のミカン山なら、どこにでもある。じつにその数二百有余。見上げながら魅力や不思議さに取り憑かれた先達がまだ若い加茂恵介氏。家業の傍ら、原付バイクでミカン山に点在する小屋の基礎調査を続けた。いったいいつの頃から生じたのだろうか？どれくらい津久見に存在したのか？そしてこれからどうなるのだろうか？と。<br />
<br />
　藤田洋三氏が泥の詩人と呼ぶ「月刊左官教室」編集長小林澄夫氏を誘い、この小屋の探訪に及んだのが１５年程前のこと。月日は経ったものの、他者の視線をようやく土地の青年が受けとめ、地域固有の価値として見つめ直そうとしている。私に与えられた前情報はこうした不定形なものに過ぎなかった。<br />
<br />
　ところで津久見市はミカンとセメントの産地である。ミカン小屋の材料に石灰石と石灰製造過程で生じる下灰（げばい）が用いられるのも偶然ではない。下灰と土には海岸から塩水を汲んで混ぜると硬化が進み三和（たたき）土ができる。地産の資源が生かされている。同時に、ミカン小屋は豊後水道の対岸に広がる愛媛ミカンと競合しないよう二ヶ月もの保管を重ねて出荷時期を調整するための貯蔵保管庫の性格を持つ。そのため津久見ではミカンは巨大な産業となった。津久見市ならではの近代化遺産と言ってもよい。 <br />
<br />
<strong>４．ミカン小屋の建築性</strong><br />
　今回は山地の斜面を棚田状態に開墾したミカン畑の中に分け入り、合計７棟の実測調査と詳細な検討を実施した。その結果、意外なことが判明した。<br />
<br />
　ミカン小屋の基本的な構造は壁構造である。石灰石をおおむね垂直に積み上げ、その隙間を三和土で充填した分厚い壁を構造体として持つ。一方、内部のミカン箱を載せる木棚は壁から自立した構造となっており、同時に小屋組も壁上端に梁・桁を載せ、そこから京呂組で小屋架けをし、中央に束を立てて棟木を支え、ここから垂木を架けたものが大半であった。いわば積石造と在来木造を巧みに取り合わせた混構造である。　<br />
<br />
　加茂氏によれば、現地ではミカン小屋は素人によって建てられたと伝えられている。現在、利用されているミカン農家の先代や先々代によって建てられたという伝聞が多い。しかし積石造と在来木造の構造体をつぶさに見ていると、優れた技や熟練した技術が見られる。付近の石灰工場からもらってきた下灰を活用したという。石灰石と杉の間伐材等の利用も含め、典型的な地産地消である。しかし古来から生み出された構造手法である版築（はんちく）は高いレベルにある。だが材料の切り出しや表面の仕上げはたしかに粗い。石灰石も間伐材の表面は荒々しく削られ、そのことがかえって野趣味な味わいを醸し出している。小屋架普請を大工が造作した場合もあったに違いない。棟木周辺に普請時の記録がないものか、と探した結果、津久見市千怒（ちぬ）の新地斜面に建てられたもの一棟に「昭和二十九年」の墨書が確認された。この地域は新しいミカン山と言われ、この小屋も一度建て直されたことがあると伝聞されるものの、それでも築後５４年を過ぎていることが判明した。<br />
<br />
　こうした三和仕上げの壁を津久見ではオオ壁と呼ぶが、ミカン小屋以外にも蔵、石垣、家屋の基礎周り、練り塀、井戸や水槽・水溜の縁壁、道路表面の舗装等に見られる。石灰石から造った石灰と山の土と海水の灰汁（あく）の混合によって堅い仕上げ面が生まれる。<br />
<br />
　わが国では明治期の土木界や明治末期から大正期にかけての建築界がコンクリート技術をヨーロッパから習得する以前、在来の壁や構造技法として三和土を用いた壁技法が成立しており、大規模な建設では築城や港湾の波止場を構築している。とくに建築では、構造柱や梁・桁の姿をそのまま見せる真壁づくりに対し、防火を旨として構造体を壁の中に隠した大壁づくりが広がるが、津久見で言うオオ壁もこの技術とつながるものであろう。今回の実測調査では、まずこのような高い建築性を認めることができた。 <br />
<br />
<strong>５．ミカン小屋の成立の背景</strong><br />
　ミカン小屋所有者に稼働内容を聞き取ると次のようである。<br />
<br />
　１０月中旬から早生ミカンの収穫が始まる。その後、１２月から温州ミカンの収穫が続く。２週間から３週間で収穫で急ぎ終える。まず木造のミカン箱に詰める。一方、ミカン小屋の中の木棚に割竹を簀の子状に敷き、その上に箱を並べて保管する。正月の市場に出す頃まで最長で２ヶ月程度保管が効くという。<br />
<br />
　保管したうえで出荷するという津久見ならではのロジスティック手法のメリットは対岸の愛媛みかんと出荷時期をずらすことができる点、さらには保管するとその分、甘味を増すといわれる。<br />
<br />
　そのため、ほとんど開口部を持たず密閉された倉庫空間には、通風性を高める換気穴が壁の上下や床下に煙突効果となるよう穿たれており、石灰の影響も加味されて保管期間が優れて長いと考えられる。<br />
<br />
　ミカン小屋は、ほとんどの形状が、平屋に切妻屋根を小屋架しただけの単純な家のかたちとなっている。その規模と形状は、元来開墾された狭い区画の棚田の形状に影響されている。配置の法則性に関しては一定の方角を認めることができない。<br />
<br />
　傾斜地を利用して小屋の半を地中に埋めたものもある。中には２階建てがあるが、高低差を利用して入り口を違わせ、各階での搬出入作業がしやすくなっている。その場合、主として２階開口部から入れ、１階から取り出して市場に出荷するようである。<br />
<br />
　津久見市は大半が石灰岩による地勢を有しており、海岸部もリアス式の複雑な入り江を持つ。石灰焼きは江戸期に始まり、幕末には石灰産業が臼杵藩の特産となっている。近代以降、徐々にセメント産業や石灰製造が盛んになり、青江地区だけで１００軒もの石灰工場が生まれている。そのため海岸部には積み出しの荷揚げ場が造成され積出港として整備され、大正年間には国鉄日豊本線津久見駅が開業している。大正６年桜セメント創業、同８年大分セメント、昭和９年太平セメントの工場が広がり、昭和１３年に小野田セメントに合併吸収されている。戦後の高度成長期まで活況を呈し、<br />
<br />
その後は会社規模を縮小・再編成しながら現在に至るが、今もなおセメント・石灰は津久見市の主要産業である。<br />
<br />
　一方、ミカン栽培は明治末期から開拓された。元来、津久見市はフィヨルドのような入り江が深く長く続き、田畑が極端に少ない。そのため農業以上に漁業や山林業が隆盛を極めた時期もあったが、明治の頃から山林業に付加価値を求め石見の国島根に学ぶように椎茸栽培の技が持ち帰られて、一気に流行っていった。クヌギに椎茸菌を打ち込むコマ打ち技術は全国でも屈指のものであった。全国各地へ技術指導に出回り、その収入で山林を取得していく。そのあがりを繰り返し椎茸に戻した者もいたが、目鼻が効く者はさらに次のアイデアに挑む。<br />
<br />
　豊後水道を挟んだ対岸は愛媛県宇和地方で、宇和島等には荒波を超える航路で簡単に行き来できる。潮風を受けて育つ愛媛みかんの甘味が高いことは世に知られている。海から見上げる斜面地のみかん栽培はわが国屈指の果樹産業を導き出した。この風景に注目したのが津久見の起業精神溢れた農家たちで、新たにみかん栽培を起こしたのだった。<br />
<br />
　しかし問題がひとつある。どんなに尽力しても先行する愛媛みかんの甘味や魅力を超えることができない。そこで誰かがふと思いついたのが、出荷時期を遅らせ市場に出せないものか、ということ。みかん小屋は現代的に言えば、このロジスティクスを叶えるために考案された保管倉庫にほかならない。１１月から正月へかけて全国の市場へ愛媛みかんが出回った後、ゆるりと津久見みかんが流通しだす。<br />
<br />
　ここで意外なメリットがさらに見つかってみかん農家の面々は小躍りする。津久見ならではの石灰石と三和土でつくったみかん小屋に保管していると、知らず甘味が増すというのだ。その期間は最大で２ヶ月という。腐りもせず甘味も増す。出荷時期も調整できる。そのうえ小屋の建設には潤沢な資金等不要で、みかん畑の一角にわずかな敷地を用意し、セルフビルドよろしく建前を進めていけばわずかな期間で完成する。すべてが良い事尽くめの小屋なのだ。 <br />
<br />
<strong>６．今和次郎の感受性で</strong><br />
　あらためて自分のことで恐縮だが、私は青年期、熱狂的に建築家をめざした。しかし手練手管のセンセイ方の足下で現場やクライアントとの打合せに応じていると気が引けてくる。建築を社会的に創出する作業は、崇高な創造作業である聖場面と現世の娑婆を相手にした丁々発止の俗場面とが入り交じり、気の弱さを少しでも見せれば、どんな素晴らしいアイデアやコンセプトも縮みあがらざるをえない。撤退の記憶ばかりが建築から思い出される。<br />
<br />
　その後、設計から撤退し建築史研究を目指した頃、考現学の創始者今和次郎を知った。明治以降のわが国の建築設計界には妙な学閥系統があり、そのことを師であった故村松貞次郎東大名誉教授は建築家山脈に例えて看破していた。公共性の強い官の系譜の頂点に東大閥があるとすれば、在野の早稲田はデザイン力が傑出しており、イチモクもニモクも置かれてきた。こうした前人未到な設計力や現場力の背景に、なにやら卓抜なフィールドワーク力や観察力や洞察力があるらしい。日本におけるコルビュジェの三大弟子の一人吉阪隆正や早大吉阪研究室が母体となったU研から象設計集団へ、さらには石山修武の仕事へ続く在野性は優れて独創的である。その壮大なバックボーンとして今和次郎の存在があった。<br />
<br />
　神田古書市あたりで戦前の今和次郎著書を蒐集した。巧みなスケッチと考現学採集は出色である。そのあげく何処にでもあるような農家ともあばら屋とも小屋ともつかない建物を累々と紹介していく。史上に残る「民家」という概念が与えられた一群の建築物である。それらを嘗めるように読みながら、うかつにもそれが素敵に感じられる。じつに複雑な気がする。<br />
<br />
　私の故郷にあったものとなんら違わない。間取りや構法こそ違えども、使用後の哀愁を帯びた茅葺きの雰囲気や、桧・杉・ヒバ等がついさっきまで里山に生きていた存在感をもって柱や梁を果たしている様子。地産地消や地域固有資源といった言葉も脳裏をよぎる。このとき初めて、理由もわからず小屋へ抱いていた偏愛を、今和次郎の視線を借りて理解できるような気がした。<br />
<br />
　あらためて津久見のミカン小屋を辿っておこう。かつて十年程前まで一村一品運動という地域おこしを率先して推進したのが大分県ならば、この小屋こそ、まさに地産地消の代表とでも言わなければならない優れモノである。津久見市と言えば石灰石産出地で知られる。その背後の石灰石や石灰を生かした三和土（たたき）の建築材料を駆使し、ミカン農家がみずから構築したぶ厚い壁。内側に混構造よろしく里山から生じる間伐材や廃材や転用材を使って保存棚を組む。換気システムも工夫し、ミカン収穫後の搬出入の工夫も怠らない。包括的に見ていけば、典型的な地域固有の建築にほかならない。 <br />
<br />
<strong>７．建築の初源へ</strong><br />
　昨年から九州大学大学院芸術工学研究院公開講座を企画し楽しんでいる。一連のテーマは、キーワードで言うと芸術、建築、初源である。世にさまざまな芸術や建築の様相が展開するものの、そのおおもとを辿っていけば、ひとつの思想や哲学に辿り着くのではないだろうか、そんな微かな予感があって、企画を創出した。<br />
<br />
　昨年度前半は「市民参加型アートの楽しみかた」、後半が「芸術の初源を探る」、そして今年度は前半に「２１世紀の建築探偵VS考現学」と入門的内容を積み上げ、続く現在は「建築の初源を探る」を開講中である。おかげで多くの市民受講生が集い、講義と議論をたんのうしている。目玉は学外演習だろう。なにはともあれ実際の現場へ行き、建物や周辺環境をおおいに味わってみようと意欲的なフィールドワーク・プログラムを実施している。<br />
<br />
　たとえば現在の「建築の初源を探る」では、古代王朝との関係を強調される阿蘇神社や九州随一のエネルギースポットと名高い幣立神宮を訪ねた。続く演習メニューも目白押しであるが、最後の卒業演習には津久見市へ遠征し、このミカン小屋の実測調査を体験してもらうというメニューを用意している。<br />
<br />
　さてミカン小屋を建築としてどのように評価していくのか。あらためて論考をまとめたい。結論的に言えば、素晴らしい珠玉のような建築の原形であると私は考えている。その地の資源や資産を洞察し、発掘されたリソースに働きかけて建築へ育てていく行為が折り重ねられて、このミカン小屋は世に生まれ出た。<br />
<br />
　建築デザインとはかくあるべし。あらためてそう思える。<br />
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　ささやかな小屋に過ぎないが、この中には悠然と広がる建築への想いが凝縮されているように思える。建築を味わい直すことができるのだ。むろん何処にもそのような企てや建築的野心を発揮したミカン農家などいたはずもない。勝手に実測調査を楽しむ私たちがそう夢想しただけのこと。しかし初源とも言える簡潔直裁なこの小屋を前に、あらためて建築を味わい直したいと思った私には、想像力を逞しくすれば、山川草木に宿る神への感受性や神籬から生まれ出た神社の社殿や、古代ギリシャが生み出したアテネの神殿建築へ営々と派生していく建築の原形に見えてしかたがない。決して完結も完成もしていない未完さがゆえに漂う初源性がふんだんに込められている。この未完性こそミカン小屋がもたらしてくれる最も重要な建築としての魅力だとあらためて認めなければならない。</p>
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		<title>Public Art Review 42号刊行</title>
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		<pubDate>Sun, 22 Aug 2010 04:13:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<category><![CDATA[Public Art Review]]></category>

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		<description><![CDATA[


特集『Australia + New Zealand』

オーストラリアとニュージランドのパブリックアート特集。
ゲスト・エディターにパブリックアートのキューレターであるアン・ロックスレイを迎え、2カ国のユニークなプロジェクトを紹介しつつ、そのプログラムやアーティスト、実践アイディアなどを報告する。
リチャード・セラ、アンディ・ゴールズワージ、ソル・ルウィット、アニッシュ・カプーワ、クリスト＝ジャンヌ・クロードなどの作品やオーストラリアの主要都市でのテンポラリー・プロジェクトのツアーを紹介。
その他、米国メリーランド市のコンテンポラリー・パブリックアートの歴史と現状の調査、アーロン・レヴィによるパブリックアート界の4人のリーダーとの対談、世界における最新のパブリックアート・プロジェクト情報、関連書籍の紹介などを掲載。

定価1,700円（郵送費別）
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<img src="http://www.art-society.com/researchcenter/wp-content/uploads/2010/08/PAR42_cover.jpg" alt="" title="PAR42_cover" width="212" height="295" class="alignnone size-full wp-image-436" />
<br />
特集『Australia + New Zealand』<br />
<br />
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<br />
定価1,700円（郵送費別）</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>Public Art Magazine Vol.2</title>
		<link>http://www.art-society.com/?p=23</link>
		<comments>http://www.art-society.com/?p=23#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 26 Feb 2010 07:00:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[Magazine]]></category>
		<category><![CDATA[Public Art Magazine]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.art-society.com/researchcenter/?p=23</guid>
		<description><![CDATA[


特集：建築・都市・ランドスケープデザインとアートの横断領域
由本みどり、小杉浩久、大野博史、池田一、北川貴好、等

インタビュー：アンドレア・ジッテル（アーティスト）、西野達（アーティスト）
リポート：「東京アートポイント計画」、「ソウル市の都市デザイン政策」、「中之条ビエンナーレ」、「別府現代芸術フェスティバル」、「堂島ビエンナーレ」、「水都大阪2009」等
その他海外・国内プロジェクト・レビュー、Bookレビュー等

36頁、オールカラー、定価 800円


]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<img src="http://www.art-society.com/researchcenter/wp-content/uploads/2010/05/magazine_02.jpg" alt="" title="magazine_02" width="210" height="297" class="alignnone size-full wp-image-173" />
<br />
特集：建築・都市・ランドスケープデザインとアートの横断領域<br />
由本みどり、小杉浩久、大野博史、池田一、北川貴好、等<br />
<br />
インタビュー：アンドレア・ジッテル（アーティスト）、西野達（アーティスト）<br />
リポート：「東京アートポイント計画」、「ソウル市の都市デザイン政策」、「中之条ビエンナーレ」、「別府現代芸術フェスティバル」、「堂島ビエンナーレ」、「水都大阪2009」等<br />
その他海外・国内プロジェクト・レビュー、Bookレビュー等<br />
<br />
36頁、オールカラー、定価 800円<br />
<br />
</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>Public Art Review 41号刊行</title>
		<link>http://www.art-society.com/?p=68</link>
		<comments>http://www.art-society.com/?p=68#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 23 Jan 2010 05:41:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[Magazine]]></category>
		<category><![CDATA[Public Art Review]]></category>

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		<description><![CDATA[


&#8220;Public Art 2.0: Media, Technology &#38; Community in the Interactive City&#8221;

パブリックアートの最新動向として、ハイテクノロジーによるアート表現に注目した特集：Public Art 2.0: Media。パブリックスペースにおいてアーティストがテクノロジーを駆使し、いかに表現の可能性にチャレンジしているかを紹介する。インターネットを使用したアートによるネットワーク形成やGPSを活用して地域のサービスを向上させた作品、巨大LEDスクリーンにマルチプロジェクションを行なう作品など。その他、イリノイ州のパブリックアート政策やポートランド、フェニックス、テル・アヴィブ等のプロジェクトを掲載。

A4、107頁　定価1,700円
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<img class="alignnone size-full wp-image-176" title="PAR41_cover" src="http://www.art-society.com/researchcenter/wp-content/uploads/2010/05/PAR41_cover.jpg" alt="" width="212" height="294" />
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&#8220;Public Art 2.0: Media, Technology &amp; Community in the Interactive City&#8221;<br />
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パブリックアートの最新動向として、ハイテクノロジーによるアート表現に注目した特集：Public Art 2.0: Media。パブリックスペースにおいてアーティストがテクノロジーを駆使し、いかに表現の可能性にチャレンジしているかを紹介する。インターネットを使用したアートによるネットワーク形成やGPSを活用して地域のサービスを向上させた作品、巨大LEDスクリーンにマルチプロジェクションを行なう作品など。その他、イリノイ州のパブリックアート政策やポートランド、フェニックス、テル・アヴィブ等のプロジェクトを掲載。<br />
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A4、107頁　定価1,700円</p>
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		<item>
		<title>インフォーマル レクチャー 第11弾開催</title>
		<link>http://www.art-society.com/?p=1</link>
		<comments>http://www.art-society.com/?p=1#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 20 Jan 2010 20:42:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[IFレクチャー]]></category>

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		<description><![CDATA[


IFレクチャーの11回目にあたる本講は、東京工業大学大学院にて景観学・都市空間デザイン分野の研究を行なっている安丸尚登さんにお話を伺います。
安丸さんは、社会企業家養成プログラムの一環で、昨年9月にニューヨークを拠点とする非営利まちづくり組織PPS（Project For Public Spaces）に短期間インターンとして参加し、米国にて昨今取り組まれているユニークなまちづくりを体験してきました。
このトークでは、コミュニティを主体の公共空間づくりを促す調査や公園や広場、交通施設などの運用計画など３５年の実績をもつPPSの活動の紹介を中心に、チェルシー地区の鉄道高架跡地を遊歩道パークに転換した『ハイライン』プロジェクトや、ブロンクス地区の大通り街路樹を使ったアートプロジェクト『ツリー・ミュージアム』など、ニューヨークで現在進行中の文化芸術プロジェクトに関する新たな取り組みについて紹介していただきます。

『場づくりとアートのソリューション −N.Y.での体験を通して−』
２月１０日（水）　１８：３０〜２０：００
トーク：　安丸 尚登（Naoto Yasumaru）

会場：アート＆ソサイエティ神田事務所
予 約： info@art-society.com(先着順)
参加費： 1,000円（各回） ※ワンドリンク付き
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			<content:encoded><![CDATA[<p>
<img src="http://www.art-society.com/researchcenter/wp-content/uploads/2010/05/if10.jpg" alt="" title="if10" width="210" height="158" class="alignnone size-full wp-image-169" />
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IFレクチャーの11回目にあたる本講は、東京工業大学大学院にて景観学・都市空間デザイン分野の研究を行なっている安丸尚登さんにお話を伺います。<br />
安丸さんは、社会企業家養成プログラムの一環で、昨年9月にニューヨークを拠点とする非営利まちづくり組織PPS（Project For Public Spaces）に短期間インターンとして参加し、米国にて昨今取り組まれているユニークなまちづくりを体験してきました。<br />
このトークでは、コミュニティを主体の公共空間づくりを促す調査や公園や広場、交通施設などの運用計画など３５年の実績をもつPPSの活動の紹介を中心に、チェルシー地区の鉄道高架跡地を遊歩道パークに転換した『ハイライン』プロジェクトや、ブロンクス地区の大通り街路樹を使ったアートプロジェクト『ツリー・ミュージアム』など、ニューヨークで現在進行中の文化芸術プロジェクトに関する新たな取り組みについて紹介していただきます。<br />
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『場づくりとアートのソリューション −N.Y.での体験を通して−』<br />
２月１０日（水）　１８：３０〜２０：００<br />
トーク：　安丸 尚登（Naoto Yasumaru）<br />
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会場：アート＆ソサイエティ神田事務所<br />
予 約： info@art-society.com(先着順)<br />
参加費： 1,000円（各回） ※ワンドリンク付き</p>
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		<title>インフォーマル レクチャー 第10弾開催</title>
		<link>http://www.art-society.com/?p=31</link>
		<comments>http://www.art-society.com/?p=31#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 21 Dec 2009 07:58:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[IFレクチャー]]></category>

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		<description><![CDATA[


今回は、先月まで文化庁研修制度により３ヵ月間オランダに滞在し、パブリックスペースにおけるアート活動の調査をなさってきた露口典子さんにお話を伺います。
露口さんは、これまで行政や民間企業にたいし文化環境のプロデュースを行い、またユニークな視点からアートを捉えた美術展を企画・運営してこられました。
トークでは、滞在先の芸術団体SKORの活動や役割、オランダのパブリックスペースに関する考え方やアートプロジェクトへの取り組み、一般の人たちのアートへの反応などについて、滞在体験８０日間の凝縮された体験から語っていただきます。

『オランダでの80日間見聞録』芸術組織とアートプロジェクトの報告を中心に
１２月２１日（月）　１８：３０〜２０：３０
トーク：　露口 典子（文化環境プロデューサー）

会場：アート＆ソサイエティ神田事務所
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<img src="http://www.art-society.com/researchcenter/wp-content/uploads/2010/05/if10_2.jpg" alt="" title="if10_2" width="210" height="162" class="alignnone size-full wp-image-168" />
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今回は、先月まで文化庁研修制度により３ヵ月間オランダに滞在し、パブリックスペースにおけるアート活動の調査をなさってきた露口典子さんにお話を伺います。<br />
露口さんは、これまで行政や民間企業にたいし文化環境のプロデュースを行い、またユニークな視点からアートを捉えた美術展を企画・運営してこられました。<br />
トークでは、滞在先の芸術団体SKORの活動や役割、オランダのパブリックスペースに関する考え方やアートプロジェクトへの取り組み、一般の人たちのアートへの反応などについて、滞在体験８０日間の凝縮された体験から語っていただきます。<br />
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『オランダでの80日間見聞録』芸術組織とアートプロジェクトの報告を中心に</strong><br />
１２月２１日（月）　１８：３０〜２０：３０<br />
トーク：　露口 典子（文化環境プロデューサー）<br />
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会場：アート＆ソサイエティ神田事務所</p>
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		<title>インフォーマル レクチャー 第9弾開催</title>
		<link>http://www.art-society.com/?p=33</link>
		<comments>http://www.art-society.com/?p=33#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 26 Nov 2009 08:00:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[IFレクチャー]]></category>

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		<description><![CDATA[


IFレクチャーの９回目は、文化人類学・民族学研究に応用される映像撮影技法の研究者、平野大さんにお話を伺います。
平野さんは、渡仏後、映画監督であり文化人類学者のジャン・ルーシュ(1993年国際平和賞受賞)と出会いました。
民族学研究のための映画を定成させたのが、マルセル＝モースに師事していたジャン・ルーシュ。平野さんは彼が提唱した映像を人類学に応用するAnthropologie visuelleを継承し、「技術の記録」について研究を進め現在に至ります。映像は時間の流れを記録できるメディア。映像を使うことによって、さまざまな技術の過程を詳細に研究することができます。技術に関する詳細な研究を可能にする映像を撮影するために、技術の撮影には撮影者の身体性を研ぎ澄まし、身体を開放していかなければなりません。
今回のレクチャーでは、平野さんの研究テーマである「技術の記録と身体性」について実例をもとに解説していただきます。記録するための身体技法とはどのようなものか、また、多様な文化の伝承のための撮影技法のありかたとは。平野さんの研究は、映像撮影技法について私たちに新しい視座を与えてくれるでしょう。(監事/深町浩祥)

『技術の記録と身体性』
１１月２６日（木）　１９：００〜２０：３０
トーク：　平野 大（Hirano Dai）　　ESMOD TOKYO専任講師

芸術学博士(パリ十大学)
会場：アート＆ソサイエティ神田事務所

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<img src="http://www.art-society.com/researchcenter/wp-content/uploads/2010/05/if9-300x240.jpg" alt="" title="if9" width="300" height="240" class="alignnone size-medium wp-image-167" />
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IFレクチャーの９回目は、文化人類学・民族学研究に応用される映像撮影技法の研究者、平野大さんにお話を伺います。<br />
平野さんは、渡仏後、映画監督であり文化人類学者のジャン・ルーシュ(1993年国際平和賞受賞)と出会いました。<br />
民族学研究のための映画を定成させたのが、マルセル＝モースに師事していたジャン・ルーシュ。平野さんは彼が提唱した映像を人類学に応用するAnthropologie visuelleを継承し、「技術の記録」について研究を進め現在に至ります。映像は時間の流れを記録できるメディア。映像を使うことによって、さまざまな技術の過程を詳細に研究することができます。技術に関する詳細な研究を可能にする映像を撮影するために、技術の撮影には撮影者の身体性を研ぎ澄まし、身体を開放していかなければなりません。<br />
今回のレクチャーでは、平野さんの研究テーマである「技術の記録と身体性」について実例をもとに解説していただきます。記録するための身体技法とはどのようなものか、また、多様な文化の伝承のための撮影技法のありかたとは。平野さんの研究は、映像撮影技法について私たちに新しい視座を与えてくれるでしょう。(監事/深町浩祥)<br />
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『技術の記録と身体性』</strong><br />
１１月２６日（木）　１９：００〜２０：３０<br />
トーク：　平野 大（Hirano Dai）　　ESMOD TOKYO専任講師<br />
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芸術学博士(パリ十大学)<br />
会場：アート＆ソサイエティ神田事務所<br />
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]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>インフォーマル レクチャー 第8弾開催</title>
		<link>http://www.art-society.com/?p=35</link>
		<comments>http://www.art-society.com/?p=35#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 29 Oct 2009 08:02:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[IFレクチャー]]></category>

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		<description><![CDATA[


IFレクチャーの８回目は、日本における環境アートの草分け的存在として、環境、平和、教育などに及ぶ広域な活動を推進しているアーティスト、池田一さんにお話を伺います。
池田さんは、「制御の困難な“水”という媒体を使い、全く新しい言語を創り出している」といわれ、世界各地で、地球環境問題、特に水と強く結びついたアートプロジェクトを実現し、その活動は広くIKEDA WATERとして知られてい ます。それは社会と自然のシステムにおける、新しいパースペクティブの必要性を提案し、水を通じての環境意識の変革をめざす実験的な活動であり、その横断的な協働によって、アートという領域を社会参加へのプロセスとして解放する実践ともいえるでしょう。
このトークでは、池田さん独自の表現言語である「Water’s-Eye」（水瞰図）の具体的な意味・役割を、デリーでのパブリック・エコアート展、鹿児島での花渡川アートプロジェクト、閉鎖された都市河川・芝川（川口）での活動などを中心とする最近の活動から紹介していただきます。
　なお、池田さんのトークに先立ち環境アートの活動全般についてショートトーク（15分程度）を行います。

『 Water’s‐Eye −最近の活動からー』
１０月２９日（木）　１８：３０〜２０：００
トーク：　池田 一　（Ichi Ikeda）　アーティスト

会場：アート＆ソサイエティ神田事務所
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<img src="http://www.art-society.com/researchcenter/wp-content/uploads/2010/05/if8.jpg" alt="" title="if8" width="384" height="472" class="alignnone size-full wp-image-166" />
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IFレクチャーの８回目は、日本における環境アートの草分け的存在として、環境、平和、教育などに及ぶ広域な活動を推進しているアーティスト、池田一さんにお話を伺います。<br />
池田さんは、「制御の困難な“水”という媒体を使い、全く新しい言語を創り出している」といわれ、世界各地で、地球環境問題、特に水と強く結びついたアートプロジェクトを実現し、その活動は広くIKEDA WATERとして知られてい ます。それは社会と自然のシステムにおける、新しいパースペクティブの必要性を提案し、水を通じての環境意識の変革をめざす実験的な活動であり、その横断的な協働によって、アートという領域を社会参加へのプロセスとして解放する実践ともいえるでしょう。<br />
このトークでは、池田さん独自の表現言語である「Water’s-Eye」（水瞰図）の具体的な意味・役割を、デリーでのパブリック・エコアート展、鹿児島での花渡川アートプロジェクト、閉鎖された都市河川・芝川（川口）での活動などを中心とする最近の活動から紹介していただきます。<br />
　なお、池田さんのトークに先立ち環境アートの活動全般についてショートトーク（15分程度）を行います。<br />
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<strong>『 Water’s‐Eye −最近の活動からー』</strong><br />
１０月２９日（木）　１８：３０〜２０：００<br />
トーク：　池田 一　（Ichi Ikeda）　アーティスト<br />
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会場：アート＆ソサイエティ神田事務所</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>インフォーマル レクチャー 第7弾開催</title>
		<link>http://www.art-society.com/?p=37</link>
		<comments>http://www.art-society.com/?p=37#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 26 Sep 2009 08:04:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[IFレクチャー]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.art-society.com/researchcenter/?p=37</guid>
		<description><![CDATA[


IFレクチャーの７回目は、夏休み企画ということで、2009年・2008年における『全米パブリックアート・ノミネート・プロジェクトを見てみよう！会』を開催いたします。
皆さまと共にビールを片手に、「これはいいかも！こりゃーひどい！」などと厳しく且つ和やかに、この2年間につくられたアメリカでのパブリックアートを鑑賞したいと思います。ナビゲーションはA&#038;Sの工藤安代が勤めます。いつものA&#038;Sレクチャーとは一味違い、さらにインフォーマル度の高いレクチャーとなること間違いなしの会、パブリックアートにご興味をお持ちの皆さまのお越しをお待ちいたしております。

『2008-2009年：アメリカ・パブリックアートの報告』
８月２６日（水）　１８：３０〜２０：００　
　トーク：　工藤 安代　（A&#038;S代表理事）
会場：アート＆ソサイエティ神田事務所
予 約： info@art-society.com (先着順)
参加費： 1,000円（各回） ※ワンドリンク付き
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<img src="http://www.art-society.com/researchcenter/wp-content/uploads/2010/05/if7.jpg" alt="" title="if7" width="283" height="431" class="alignnone size-full wp-image-165" />
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IFレクチャーの７回目は、夏休み企画ということで、2009年・2008年における『全米パブリックアート・ノミネート・プロジェクトを見てみよう！会』を開催いたします。<br />
皆さまと共にビールを片手に、「これはいいかも！こりゃーひどい！」などと厳しく且つ和やかに、この2年間につくられたアメリカでのパブリックアートを鑑賞したいと思います。ナビゲーションはA&#038;Sの工藤安代が勤めます。いつものA&#038;Sレクチャーとは一味違い、さらにインフォーマル度の高いレクチャーとなること間違いなしの会、パブリックアートにご興味をお持ちの皆さまのお越しをお待ちいたしております。<br />
<strong><br />
『2008-2009年：アメリカ・パブリックアートの報告』</strong><br />
８月２６日（水）　１８：３０〜２０：００　<br />
　トーク：　工藤 安代　（A&#038;S代表理事）<br />
会場：アート＆ソサイエティ神田事務所<br />
予 約： info@art-society.com (先着順)<br />
参加費： 1,000円（各回） ※ワンドリンク付き</p>
]]></content:encoded>
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