長澤伸穂「隠された宝探し」 インタビュー

現在、アジアン・アメリカン・アーツセンターで学生と共に「隠された宝探し」と称した企画を展示中の長沢伸穂さん。各々が「発掘調査」したチャイナタウンにまつわる宝物語りを、多様に視覚表現し、コミュニティーとの関わりの中で展開する。小柄で華奢そうな印象とは対照的に、世界を舞台に制作活動を行うエネルギッシュな活動派。本展を機に、彼女のアート、これからの抱負について語ってもらった。


長澤伸穂「Her render」, アラブ首長国連邦、シャルジャ・ビエンナーレ(2003年)


—今回の企画は『見えないものを見えるように—チャイナタウンをマッピングする』と題されていますが、簡単に言うとどういうことですか?
地元の住民すら、普段は気がつかずに通り過ぎているような物、人、場所、事柄を私達の眼を通して発見し、視覚化するということです。それは、人道りのない、夜になって初めて見えてくるチャイナタウンや、四か国語万能の占い師や、19世紀にアメリカに上陸した最初の中国女性などにアイデアを得た視覚表現なのですが、それらを赤い糸でチャイナタウンの地図と結びつけています。収集された「秘話」は、それぞれの場所を示す地図と共に箸袋に印刷して、七件のレストランに配り使ってもらっていますが、この 箸袋に偶然遭遇した人達が、地図を頼り自らの「宝探し」に出かけ、それが、チャイナタウンの再発見になればと願っています。

—学生達との共同制作ということですが、どういう経緯で今のような形になったのですか?
私が教えるパブリック・アートの授業で、学生各々の個性を活かした、コミュニティー参加が可能な企画にしたかったのです。最初はフォーチューン・クッキーの中に入れる紙も検討しましたが、30字も入らないので、箸袋を思いつきました。  

—特製の箸袋をレストランに実際に使ってもらうのは大変でしたか?
最初は、箸袋を無償でもらえるのが腑に落ちない様でしたが、二回目にアートセンターの所長と中国語とヴェトナム語を話せる学生二人と訪ねた時は、やっと本意が伝わり、八件中七件が快く引き受けてくれ、オープニングの時はお料理まで提供してくれました。

—長澤さんは近年多くの国際展に参加していらっしゃいますが、去年、日本の越後妻有トリエンナーレでは『透けてみえる眼」という作品を発表されましたね。
長い間空き家になった民家に滞在して、集落の三、四世代一家族で構成される走馬灯を十体設置しました。来訪者は走馬灯の前で、家族の肖像写真と向かい合って座るのですが、走馬灯の回転する内側の肖像の目と、静止した外側の肖像の目は、揺らぎの中で瞬時重なり、過去、現在、未来がその瞬間、『透けて見える眼』となる設定でした。制作期間中に録音した近所の人々の家にまつわる思い出話を屋根裏から流したのですが、人々が走馬灯の周りに集うことで、過疎化が深刻化する集落に活気をもたらすことができたと思います。

—同じく昨年、アラブ首長連邦のシャルジャ・ビエンナーレで制作された作品は地元の女性をプロジェクトに巻き込んだものでしたね。
岩塩を固めて作った脳みそサイズの大きな卵二百個(ストッキングに入った半数の卵を女性、岩塩のままの卵は男性と設定)を塩で覆った床の上に展示し、水の流れる映像を重ね合わせました。シャルジャ大学最初の卒業生となる若い女学生達に、各々の夢や欲望といった私的な思いを無記名で女性の卵に書き綴ってもらいました。イスラム社会で行動規範を厳しく規制されている女性がアートを通して解放され、女性としての喜びをも公の場で表現できる機会になればという願いをこめています。

—このように、ある社会の普段は「見えない」側面を、現地での共同制作を通じて「見える」ようにするというのは、長澤さんの多くの作品に通じているようですが、このプロセスを経て長澤さんは、参加する人々、または観者に何を掴み取ってもらいたいとお考えですか?
学生時代に影響を受けた、ヨーゼフ・ボイスの考え方にも繋がりますが、「誰でもアーティストになれる」ということです。本企画も同様ですが、作家は場と人間をつなぐ介在者にすぎず、私の作品に参加、または遭遇した人々がその体験を機会にして、日常生活の中で自らアートを探し、また、作り出して欲しいのです。

—今のようなパブリック・アートを行うようになったきっかけは何だったのですか?
冷戦時代にベルリンの壁に囲まれて暮らした経験と、84年にドイツから一時帰国するため、シベリア横断鉄道でユーラシア大陸を旅した時万里の長城を見た経験が、時間を経て崩れていく土の壁を作りたいという衝動に繋がり、常滑市に滞在中、地元の人の協力を得て、土や燃料に使う廃屋の材木を運んで頂いたりして、巨大な壁を作り、それを野焼きしたのが始まりでした。その後デンマークやチェコなどでも、地元の人々の協力を得て、制作をしてきました。

—将来是非やってみたいという企画は?
今回の企画を発展させて、何人かのアーティスト達との宝探しのマッピング・プロジェクトをしてみたいと思っています。

アジアン・アメリカン・アーツセンター(26 Bowery St. 212-233-2154)での展覧会は5月22日から6月26日まで開催された。 このインタビューは、ニューヨーク市発行のOCSNews(6月15日号)に掲載された。


長澤伸穂「透けてみえる眼」,越後妻有トリエンナーレ(2003年)

長澤伸穂(アーティスト) 東京出身。
幼少時に五年近くをオランダで過ごす。日本の高校を卒業後、オランダ国立芸術アカデミー、ベルリン芸術大学、カリフォルニア・インスティテュート・オブ・ディ・アーツで、国際的な美術教育を受ける。日本の常滑(愛知)で地元の住民を巻き込むような巨大な彫刻プロジェクトを始めた彼女は、次第に世界各地でパブリック・アートやインスタレーションを手がけるようになる。カリフォルニア大学サンタクルーズ校での教職を経て、2001年からニューヨーク州立大学ストーニーブルック校で教鞭をとる傍ら、制作活動は留まるところを知らず、アラブ首長国連邦やバングラデシュ、越後妻有などの国際展への参加に忙しい。

( 由本みどり  ニュージャージー・シティー大学美術史助教授・ギャラリーディレクター)

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