光を共有するということ。
オラファーエリアソンの「Little Sun」プロジェクト

3331を照らす「Little Sun」
Photo: Art & Society Research Center


デンマーク生まれのアイスランド人アーティスト、オラファー・エリアソン(Olafur Eliasson)は「光」を自己の表現に取り入れてきた。
ロンドンのテイト・モダンで2003年に展示した「ウェザー・プロジェクト」では、鬱屈なロンドンの曇天にウンザリしているロンドン子へのプレゼントであるかのように、美術館の入り口となっている吹き抜けのターバイン・ホールに巨大な太陽を再現したインスタレーションを作り出し、一躍世界の注目を集めた。

Olafur Eliasson, The Weather Project
© Olafur Eliasson, Photo © Tate 2003


そしてオリンピック・イヤーとなった2012年のロンドンで、今度は手のひらに乗る程の小さいサイズになった太陽でこの街を照らした。オリンピックと併催された文化振興プログラム「ロンドン2012フェスティバル」に招待されたエリアソンは、新しいプロジェクト「Little Sun」を、2012年7月28日にテイト・モダンにて披露した。
(オリンピック憲章では、開催国はオリンピック開催期間中に文化的なイベントを開催することが求めている。2012年には、イギリス全土で12000個のイベントやパフォーマンスが、実に2万5千人もの世界中のアーティストが協力して各地で開催された。)

この「Little Sun」プロジェクトで、エリアソンはエンジニアのフレデリック・オッテセン(Frederik Ottesen)と協力して、その名が示す通り太陽を模した形のソーラー発電式ライトを2年がかりで開発した。このライトの機能は極めてシンプル。5時間の太陽光発電による充電で、夜間の照明として利用でき、3年ごとのバッテリー交換で最大20年は使用できる設計となっている。光源としてLEDを利用しており、明るさも申し分ない。大きさも手のひらに乗るサイズで持った感触も心地よく、誰にでも優しいデザインになっている。

そしてこのプロジェクトで注目すべき点は、「光」に強い関心を抱いて作品をつくり続けてきたエリアソンのアート作品であると同時に、ソーラーライトを世界中で販売するビジネスプロジェクトであり、そして日常的に電灯設備が整っていない地域に住む人々に「光」を届ける慈善事業でもあるということだ。

Olafur Eliasson and Frederik Ottesen, Little Sun, 2012
Photograph: Merklit Mersha


現在、世界では16億人の人々が電気にアクセスできない地域に住んでいる。これは世界人口の5人に1人は電気のない生活を送っていることになる。都市のように電力インフラが整っている地域では夜もスイッチ一つで部屋を明るくできるが、電力のインフラがない地域の人々は、灯油ランプを光源として頼らざるを得ない。燃料である灯油の価格高騰やランプの煤による健康被害(灯油ランプを一晩利用すると、一日に煙草2箱分を喫煙するのと同等の影響を受ける)など多くの問題を抱える灯油ランプは決して理想的な光源ではない。

先日ハリケーン「サンディ」の被害に見舞われて、暗転したマンハッタンを空撮したニューヨーク・マガジンの表紙が記憶に新しいが、福島第一原子力発電所の放射能放出事故から続く電力エネルギーの問題に象徴されるように、電力と明かりが生活にもたらす影響は大きい。スイッチ一つで明かりがつくことが当たり前になっている先進国に住む我々にも、電力エネルギーの在り方を改めて考え直すことが必要だ。
しかし、電力エネルギーは人間の生活に必要不可欠なインフラであるが、世界にはそもそも電気にアクセスすることもできない人々もいる。エネルギーの不均衡さが存在していることは、憂慮すべき大きな事実だ。

この電力エネルギーの不均衡な現実に対して、エリアソンが疑問を抱き美術作家として作り出したのが「Little Sun」だ。「人々が限りある天然資源を持続していく生活を続けていく為に何が必要なのかを再び考え直し、これから話し合っていく必要があるのではないか」とエネルギーの問題に対してアートの観点から提言している。

Olafur Eliasson and Frederik Ottesen, Little Sun, 2012
Photograph: Studio Olafur Eliasson


このプロジェクトでは、2013年までに50万個のライトを電力のない地域の人々に届け、2020年までに5000万個のライトを流通させることを目指している。エリアソンは、「Little Sun」によって、より安全で明るい、健康被害のないクリーンな光を得ることができ、子供は夜の時間でも教育の機会を得られ、大人も夜も仕事を続け生活に必要な収入を増やすことができ、彼らの生活が向上されることを期待している。

このライトの価格設定は2通りになっていて、電力インフラが整っている地域では€20で、電力にアクセスできない地域では$10で販売される。この価格差で電力インフラが整っていないエリアでも安く流通させることが可能となっている。$10という価格はバッテリーの交換が必要となる3年間の利用でも、灯油ランプよりも90%も安く費用を抑えられる。

電力エネルギーと明かりは、暗くなっても安心できる生活だけではなくて、現代までに人々の様々な活動を支えてきた。我々の祖先が火を洞窟に持ち込みその明かりで原初の美術である洞窟壁画を描いたように、明かりがあってこそ視覚芸術が常に発達し続けてきている。光と人間は決して損なわれない強い絆で結ばれている。

現時点では「Little Sun」はヨーロッパとアメリカにのみ発送となっており、アジアへの発送開始が待たれるところだ。時期がきたら、ぜひこのライトを購入してプロジェクトを支援してほしい。日が暮れてもスイッチを押せば明るくなる便利な現代社会、もう一度日々の生活における電力エネルギーと光の在り方を考え直すきっかけにしてみてはいかがだろうか。

Olafur Eliasson with Little Sun
Photograph: Tomas Gislason, 2012


「Light is for everyone ー 光をみんなのもとに」
美術館やアートの枠組みから飛び出し、オラファー・エリアソンの光は世界中に広がっていく。「Little Sun」プロジェクトは、光を使って人々の知覚的な興味を刺激するような視覚芸術を常につくり続けてきた作家らしいアプローチだ。この長期的なプロジェクトはまだ始まったばかりだが、エリアソンの光は、これから我々をどこに導いてくれるだろう。

Little Sun
http://www.littlesun.com

(執筆:井出竜郎)

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