シンガポールのアート事情
ー独立50年の国家の現代アートと伝統文化ー

 東南アジアで1、2を争う大都市、シンガポール。穏やかな気候、おいしい食べ物、屋台、豊かな自然、活気溢れるビジネス街、そして民族を超えて肩を抱き合い笑う様子…気がつくとあっという間にシンガポールの虜になってしまった。特にシンガポールの文化は魅惑的に映る。それはきっと各民族が互いの文化を否定せず尊重し合う社会で築かれたシンガポールならではの文化の融合に魅力が沢山あるからだ。近年は気候がホットなだけではなく、「東南アジアの芸術文化のハブになる」という国策の下、アート界も非常にホットになりつつある。今回はそんなシンガポールのアート事情を語るべくシンガポール・ビエンナーレと伝統文化であるプラナカン文化の紹介をしたい。

 私が注目した2年ごとに開催されるシンガポール・ビエンナーレは2006年から始まり、現代アート、とりわけ東南アジア現代アートを中心として展示し、国際的なプラットフォームとなるように企画される。国内外のアーティストの作品を数多く展示しながら、その背景にある複雑な文化的要素をアート関係者だけでなく市民一般にも分かりやすく伝え、市民のアートや文化に対する理解を促す狙いだ。それは2013年のビエンナーレを通して踏襲されており、27人のキュレーターたちがアーティストと協力して展覧会を企画・運営・展示する様子は、東南アジア地域の美術の垣根を低くしている。

Singapore Art Museum

Singapore Art Museum


 例えば来館者の参加が重要なカギとなる作品がある。その一つのLittle Soap Boy(Vu Hong Ninh作、2009)は、鑑賞者が触ることができる石鹸でできた男の子の像と設置されたシンクのインスタレーションである。詳しく解説されていないが、石鹸によって浄化と清潔の両方の意味を表現し、この像は世の中を文字通り「きれい」にさせようとすると私は捉えた。東西の宗教的なイメージであるキュービッドやブッダ像はこの作品のモデルとなっている。キャプションによるとこの像は中指を立て現代社会のモラルや人間性が崩れていくことを揶揄しているが、石鹸で出来た体は皮肉にも鑑賞者が触ることによって徐々に溶かされていくのであった。(実際に触った手を洗うように右端にはシンクがあり、水が出る。)

Vu Hong Ninh, Little Soap Boy, 2009. Mixed Media, 160 x 140 x 200cm.  Collection of the Artist. Image courtesy of Singapore Art Museum.

Vu Hong Ninh, Little Soap Boy, 2009. Mixed Media, 160 x 140 x 200cm. Collection of the Artist. Image courtesy of Singapore Art Museum.



 ahmadabubakar_21他にもTelok Blangah(Ahmad Abu Bakar作、2013)では、鑑賞者が作品制作に関わったシンガポール囚人へカードを書くイベント企画が付いている。もともとこの作品は何千もの瓶でいっぱいの木船(コレックkolekという)の作品だ。それぞれの瓶にはシンガポール人の囚人たちが書いたメモが入っており、彼らは自分たちの願いや希望を自分たちの民族の言葉で書き留めている。多民族が暮らすシンガポールではメモに書かれる言葉が違う。そのため木船がそのエスニックルーツを示唆し、さらに木船に何が積まれているかも関心の的となる。鑑賞者は囚人に宛てたメッセージや質問によって繋がりを意識し、作品理解やその意味を一層深めるのだ。
Ahmad Abu Bakar, Telok Blangah, 2013, Paint, varnish, glass bottles, decals and traditional wooden boat. Approx. 300 x 450 cm.

Ahmad Abu Bakar, Telok Blangah, 2013, Paint, varnish, glass bottles, decals and traditional wooden boat. Approx. 300 x 450 cm.



 このようにして難解で崇高な芸術は、その特徴を留めておきながらも表現の仕方や展示の仕方によって鑑賞者に分かりやすく伝えられ、参加によって作品が完成したり、広がりを見せたりする。

 ところでプラナカン文化、という言葉を耳にしたことはあるだろうか。これは15世紀ごろマレー半島にやってきた主に福建省出身の中国人移民が現地のマレー人と所帯を持ち、定住し、独自の文化を構築していったことにルーツがある。

 「この土地で生まれた子」という意味のマレー語、プラナカン。彼らの話す言葉は福建語やジャワ語交じりのマレー語で、食事は一見マレー風だがマレー料理にはない豚肉や味噌を使い、西洋の料理法を取り入れたものである。オートクチュールの品々を身にまとい、渡来ものの家具で室内をあつらえる。中国文化、マレー文化、そして西欧文化の融合が「プラナカン文化」といえる。現地の人々は、男性を「ババ」、女性を「ニョニャ」と呼び、彼らを総称して「プラナカン」という。(イワサキ・丹保著、『マレー半島 美しきプラナカンの世界』より)

 シンガポールにもプラナカン文化を残す町がある。例えばKaton 地区のショップハウスがそうだ。かわいらしいパステルカラーのショップハウスは、もともと中国南部に見られた建築様式で、そこにネオゴシック調、バロック調、パラディアン調などの西洋の建築要素が取り込まれ、洋風の窓や円柱、レリーフで飾られる。その窓の上には、マレー建築に見られる透かし彫りの通風孔があることも多く、中国風の屋根瓦のひさしが付いている場合もある。街中にあるプラナカン美術館は、この可憐で美しいプラナカン文化をもっと詳しく学ぶことができる美術館だ。

Katon地区の風景

Katon地区の風景

一階部分がショップ、二階部部が居住区になっている

一階部分がショップ、二階部部が居住区になっている

パステルカラーが美しいショップハウス

パステルカラーが美しいショップハウス

店内のフードコートの様子

店内のフードコートの様子

左:スウィーツ屋さん 右:家具屋

左:スウィーツ屋さん 右:家具屋

プラナカン工芸品。ビーズで出来た室内履き

プラナカン工芸品。ビーズで出来た室内履き




 
 今年で建国50周年を迎えるシンガポール。

 シンガポリアンの友人にシンガポールの文化が好きだと言ったところシンガポールにカルチャーはあるのか、と聞き返された。多くの人は言う、シンガポールには文化がないと。それがローカルの人たちにある感覚なのだと、その時、私は肌で感じた。

 確かにこの国は(独立したばかりという意味で)若いかもしれないが、文化がないということはない。そこに人が暮らしうる限り、文化はあり伝統は受け継がれる。そして現代の我々が作る新たな芸術文化もある。まだまだ馴染みのない東南アジアの美術は遠い異国のもののように感じるが、アジア文化でつながり現代人が抱える複雑な事情で、実は私たちはつながっている。作品の意味や背景、ルーツがどう流れていっているのかを知ろうとすると、異国と捉えていた国の共通点や類似点が見つかる。東南アジア各国を身近な隣国と感じる日も近いかもしれない。今後もシンガポールを中心に東南アジアの動向を伺い、社会とアートがどう関わっていくのか関心を寄せたい。

(文:佐藤彩乃)

作品画像提供:Singapore Art Museum http://www.singaporeartmuseum.sg/
参考文献:イワサキ チエ・丹保美紀著、『私のとっておき マレー半島 美しきプラナカンの世界』、2007年6月、産業編集者センター


佐藤彩乃 (Ayano Sato)
2014年日本女子大学人間社会学部文化学科卒業。在学中、アメリカ合衆国オレゴン州オレゴン大学に交換留学。2014年 内閣府、一般財団法人 青少年国際交流推進センター主催「日本・ASEANユースリーダーズサミット」に応募し参加許可を得る。シンガポールには年に二回程行き、シンガポールの社会や文化を少しずつ学び、旅人とローカルの視点からシンガポールの良さを発見する。人とアートをつなげて社会をより良くしたいと思い、2016年秋に美術展覧会開催に向けて活動中。2014年9~11月までNPO法人アート&ソサエティ研究センターでインターンシップを経験、「リビング・アズ・フォーム(ノマディック・バージョン)ソーシャリー・エンゲイジド・アートという潮流」展覧会の運営補佐、同展覧会のパンフレット編集アシスタントをする。

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