ART & SOCIETY RESERCH CENTER

P+ARCHIVE

2015.09.28

インタビュー|アーカスプロジェクト 朝重龍太氏 石井瑞穂氏[後編]

茨城県守谷市で20年以上に渡って継続している「アーカスプロジェクト(以下、文中ではアーカスと表記)」は、日本で行われるアーティスト・イン・レジデンスプログラム(AIR)のパイオニア的存在です。

国際的に活躍する若手アーティスト支援を目的としたAIRプログラムでは、コーディネーターのサポートのもと、公募によって世界中から招聘されたアーティストたちが約3ヶ月の滞在中にスタジオでの制作活動を行います。

アーカスのAIRプログラムでは滞在中に成果を求めない方針で、プログラム終了後にアーティストの作品が残されることはありません。そのため、滞在中のアーティストの活動を知るためには、その記録や資料が重要となっています。

前半のインタビューに続き、後半では毎年作成している報告書や記録集の作成、またこれからのアーカイブについて、チーフ・コーディネーターをつとめる朝重龍太さんと、コーディネーターの石井瑞穂さんにお話を伺いました。

前半では主に資料の整理・保管についてお話を伺い、下記リンクで公開しています。
http://www.art-society.com/parchive/interview/arcusproject.html


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2001年から茨城県が主催となり実行委員会として発足

  (P+ARCHIVE、以下斜体) 運営形態についてお聞かせください。

朝重龍太氏(以下、朝重) アーカスの事業形態としては、実行委員会です。僕たちコーディネーターは茨城県に雇われていて県職員ではありませんが、業務委託契約ではないので実行委員会に所属しています。実行委員会長は茨城県知事なので、県が主催となり実行委員会を作っているという形ですね。

   それはスタートから今までずっと変わらないのですか?

石井瑞穂氏(以下、石井) 最初のパイロット事業の頃の94年から実際に実行委員会に移行する2001年までは、県からワコールアートセンターに委託しながらこのプログラム運営をお願いしていました。その5年間で実際にこの場所でアーティスト・イン・レジデンスという活動ができるかどうか事例を見せながら実践していました。

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パイロット事業期に作成された報告書

   毎年、多様な団体から助成や協賛得ていますね。その資料はどのように整理していますか?

朝重 提出した助成の申請資料は県から出ているので、申請資料の原本というのはここにはほぼありません。実行委員会なので知事の名前で申請する形になります。ここ最近は申請書も大体はデータで作っているので、そのデータは残っていますね。

石井 ただ、私たちも申請するときには確認のために校正を入れたいと思っているので、その時にコピーして保管しています。最終版はどういう風にでているか分からない場合もありますが、申請先別にファイリングしています。紙なのでどうしても溜まってしまうのですが、データが吹っ飛んでしまったらこれしか残らないですから。

朝重 そうですね、報告書もこちらで作ったりしているのでデータはあります。あとは協賛企業からの入金の記録などはメセナを通したりなどして、こちらではそこまで把握はしていません。

石井 あとは私たちも会計報告のやり方は県の正式の方法に則って3ヶ月に1回提出し、県の事務局で会計をしてもらっています。県の事務局との連携で会計も管理してもらうという感じです。

将来も分析できるように、報告書で一年間の事業を数字で出すようにしている

   毎年度末に報告書を作成してこられてますが、報告書のフォーマットのために工夫していることはありますか?

朝重 主に県の事務局の担当の方がまとめていますが、報告書のフォーマットというのは決まっているのでそれに即しています。県の担当者はそれこそ2年で変わっていくので、みんな前の担当の方が残したデータを更新して使っています。助成金の報告書に関しても、新規でもらうということがほとんどないので、以前の様式を継続していくという感じですね。

石井 報告する項目についても、必ず現場の方で起案した企画書を県の担当に見ていただき、予算や規模について必ず実行する前に確認してもらわないと私たちも遂行できません。企画書と報告書の作成は私たちと事務局で常に連携しながらやっていて、それのまとめが県から出てくる報告書になって財団に出すということになります。なので、言葉の使い方なども私たちが出したものに即してくれていると思います。

朝重 僕たちは僕たちでこういう事業をやりましたという報告書を県に出しています。県はそこから助成団体毎の報告書にあわせて作成しています。

   ある意味マスターの報告書を作られるということですね。

朝重 そうです。最終的に提出される報告書は県の事務局で作っています。

石井 助成先によっては、レジデンスプログラムと地域プログラムで、どういった経路でお金が使われているか、しっかり報告しないといけません。そういった意味ではプログラムの根本がブレていない分、県の事務局にも理解が得られやすいのでフォーマットも決まって代々続いていることもあると思います。

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事業資料もバインダーで分類し、整理保管している

   各地のアート・プロジェクト団体にとって、アーカイブまで行き着くのはハードルが高いですが、報告書というのは必ず作成するものなので、もう少し詳しくお聞かせください。

朝重 報告書で必要なことは、実際に行ったことの記録写真、どういった人々が来たのかというデータ、来場者に対するアンケート、どういう効果があったのか、という項目があると思います。会計報告は経緯がわかることを書くぐらいですね。

写真の記録は全部残していて、日付をつけてプロジェクトごとにフォルダ分けをしていけば、写真はそこから選べます。実施内容の記録とその効果については、僕たちの方でもそれが終わったあとに報告書をまとめるので、一度マスターの報告書ができていれば、提出先のフォーマットに合わせてそこから選んで別の報告書をまとめるのが楽になります。
あとはイベントの来客者は、芳名帳を作ったりムービーをチェックしたり、イベントが終わるごとに全部集計をしてまとめておけば後の作業が楽です。

   その習慣が定着できているのですね。

朝重 そうですね。その流れはできています。

石井 必ずイベントの前日にはアンケートと芳名帳をプリントアウト!それで書いていただいたアンケートも全部データに残して、どういうプログラムに人気があったか、客層やどこの地域の人が多いか、などをグラフにして比較検討することをここ2、3年はやっています。アーティストにも、どういう反応があったか分かるためにアンケートを渡しています。

それをプログラムごとにやって、年度末に一年間の事業が全部数字で出るようにしていますね。なるべく個人情報を集めずに、だけどアンケートや芳名帳でその人が属している地域を調べて、守谷市内か市外の人か、近隣の取手市の人なのか、それとも県外の人なのかというのを全部数字で出しています。それを将来も分析できるように続けています。

朝重 単純に、一個一個のプロジェクトごとに作っておけば、報告書が作りやすいですね。

   フォーマットが蓄積されてきていますね。

石井 大変ですけどね、実際は。こういうのは小田井真美さん(2010・11年アーカスプロジェクト・ディレクター)がいたときから、動員数をグラフで表すとか、アンケートの数とか芳名帳の人数を全部数字で出すようになりました。動員数は毎年上昇しているのですが、前年から下がったのは本当に2011年だけなのです。

11年に(大震災があって)すべてのものがクリアになったというか、リセットしたという感じでした。いつも20年間右肩上がりというわけではないと思いますが、動員数で活性化しているという事実を表向きにちゃんと言えるように、ここ3、4年は確実に人数を把握しようと毎日今日は何人来場したか記録しています。それはすごく大事だろうなと思っていますね。

朝重 写真については、あらかじめどの写真を使うか決めておくというのはあんまりやっていませんが、「この日こういうイベントをやっていたから、この中から選ぼうか」というものにはラベルをつけています。
あとは『ライトルーム』という画像管理のソフトがあって、それも一個一個のファイルにステータスをつけられるのですごく便利ですね。

   写真など重要なのをコピーせずに持ち出した結果データがバラバラになってしまい、報告書を作るときに苦労するという話も聞きますが、なにか対策はされていますか?

石井 特に朝重さんは、ラベルをつけた写真をコピーしてからフォーマット化していますよね。

朝重 元データを動かすということは基本的にないです。写真は誰かのデスクトップに入れるのではなく、メインは全部ハードディスクに保存しています。そこから使いたい画像があれば、コピーしてから抜き出しています。マスターは保存して全部取っておいていますね。

石井 私は、ボツになった写真までハードディスクに入れなくていいよと思う時もありますが、とにかく時間がないのでその日撮った写真は全部ハードディスクに入れて後で整理しています。

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今までの記録集と過去の招聘アーティストの掲載誌

記録集はアーティストがどう成長したのか知るための手がかり

   報告書について伺ってきましたが、記録集についてはいかがでしょうか?

石井 2014年度に、関東圏内でレジデンス・プログラムを持つ団体のみなさんで集まってイベントをやりました。報告書を作るためにレジデンスをやっているように見えてしまうとか、記録集から見えてくることがあるから残した方がいいとか、報告書や記録集に関して議論になったのです。

私たちは、パイロット事業のときから歴代で記録集を作ることを習慣にしてきたので、記録集を残してどういう活動が行われたかということを伝えることは大事にしています。助成金を出した団体に対する報告のためにまとめる報告書も、その基本的なデータを元に記録集を残すというのも、やっぱり参考事例として他の団体とも共有したり教えあったりできると思います。

   記録集は自分たちの活動を振り返り、再考察していくことにもなりますね。記録集を作るために工夫していることや心がけていることをお聞かせください。

石井 私が言えるのは、基本はアーティスト支援なので、そのアーティストがどう成長したかというのを振り返るのにビジュアル化してあるとすごく覚えやすいということがあります。
アーティストがいきなりこの街にきて3、4ヶ月滞在したことが記録に残っているだけですが、でもそれを残すことでアーティストの制作活動がどういう風にこの街に可視化されていくのか、循環されていっているのかを知る手がかりになり、その時代が見やすいと思います。20年やっているのでそう思うのかもしれませんが。

ただ、いろいろな団体が報告書を流行りでつくっているのか、将来を見据えて重要だと思って残しているのか、どういう目的で作っているのかというのは聞きたいところです。私がアーカスを知った時にはもうこうやって記録が残っていました。アーカスでは作品が現存しないしアーティストそのものもいなくなるので。

   アート・プロジェクトでは作品が現存しないことが多いので、記録集を作りたいという気持ちは、自分たちの活動を残したいという思いからだと思います。

朝重 本当にそうですね。実は僕自身はまだアーカスに入ってから記録集というのは予算の都合などで作れていません。どういうものをつくるかというのも年度ごとにディレクターの方向性や予算の関係で変わってくるので、これが効果的というのはなかなか言えないです。

ただ、やっぱりレジデンシーで重要なのは「どの日にだれが何をしたか」という記録で、日付が残っているとあとで振り返るのが楽ですね。僕たちはグーグルカレンダーで予定を共有していますが、それが結構便利です。レジデンスアーティストも予定を入れたりしているのですが、カレンダーをあとで振り返ると、この日これをやっていたなとか、写真データの日付と照らし合わせて確認できます。

パイロット事業の頃は日報があって、それも残っています。実際に毎日の業務をやりながら日報を残していくというのは難しいですが、せめて日付とその日誰がどこで何をやったかというのが分かるのが、記録集を作るにあたっては楽ですよね。

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保存されている当時の日報。その日のアーティストたちの活動が記録されている

   なるほど。日報をつけるということは重要な記録ですね。

石井 パイロット事業の頃の日報は覚えています。この日に誰が来たかというのを書いてFAXで県の事務局に送っている当時のスタッフの方を見ていました。

あとは、なるべくアーティストが滞在している間はイベントのときや余裕があれば普段の様子もブログをあげるようにしています。ですが、毎日できる余裕がないので記録を振り返るのはグーグルカレンダーが主ですね。アーティストたちが来日したときにも、3ヶ月分のカレンダーを印刷して仮で予定を入れたコピーを渡しています。アーティストもそれぞれ自分で書き込んでいったりしています。

朝重 本当は日報で残すのが一番便利なのでフォーマット化したいなというのはありますが、本当にそれをスタッフが毎日やれるかといったら…。習慣化しないといけないのですが難しいですね。

アーカイブの必要性をレジデンス事業のパイオニアとして声を上げていきたい

   最後に、アーカスプロジェクトが残してきた資料の活用について、また、アート・アーカイブについて期待することをお聞かせください。

石井 現場でリアルタイムに活動を行っていると、改めてしっかり人材を確保しながら過去を振り返って整理していくことは本当に難しいです。私は最終目的として、いつ終わるかわからないこの事業の記録をどこまでまとめていけるかということを、第三者の、それこそP+ARCHIVEのような団体に助言をしてもらえたらと思っています。

資料を取捨選択していくのは、ここにいる現場のスタッフにはその余裕が全くないです。恵まれていると思っていますが、アーカイブの担当としてアルバイトさせていただいたことがあったからコーディネーターになった今も歴代のアーティストの歴史を調べることはできます。でも、その記録をどこまで残していくか、という判断は現場の当事者だけでは難しいので、第三組織の方々に平等な視点で協力していただき、この記録が将来、日本のレジデンスの歴史の一つとして残していけたらと思います。

ただどこまで公開できるかとか、どういったものが必要とされるかという判断は、今現場にいるコーディネーターだけでは難しいので、フォーマットや意見を伺えたら本当にありがたいと思っています。それで、実際に整理もできる組織ができていったらいいなと思います。

私たちの組織は美術館でもないし、アート・プロジェクト団体なので、アーカイブリサーチに対する助成を申請できる財団がどこにもない。そういったことが必要とされていることは、おそらくレジデンスのパイオニアとしては、声を上げていかなくてはいけないと思っています。そうすれば、現場のスタッフのみならず、そういうことに集中して調査をしていきたいという人材が生まれてくると思います。

そして近年の日本で行われてきた(アート・プロジェクトを含む)アートシーンの動向というのは、いつかは海外でも批評のひとつとして見せていける資料になっていくと思っているので、その重要性を知ってもらうことを助けていただける団体を期待しています。

朝重 本当にそうですね。単純な話として僕たちだけは整理もできないので、2011年に志村春海さん(2011年アーカスプロジェクトのアーカイブ担当)がある程度の目録は作ってくれましたが、もう一度ちゃんとした目録を作りたいなと思っています。例えば、その目録から公開できる内容を選んでライブラリー化するというところまでいけたらいいですね。

せめて目録を作るというところまではやりたいのですが、やはりアーカイブを研究している専門の方に業務としてお願いして、委託していけないかと今考えているところですね。

あと、もう一個、多分いろんな団体の方にお聞きされていると思いますが、映像記録とか写真のデータで自分たちだけで管理できないものを、例えば、P+ARCHIVEみたいなところにとりあえず一括して送ってしまえば(笑)。

   今までも何回かそんな話も上がっています(笑)。

朝重 整理することまでやるのは難しいですけど、例えば映像記録を保管できる団体というのができれば、ある団体がなくなってももう一つ信頼できる外部組織でとっておくことができます。結局データが消えてしまうということが怖いですよね。民間のクラウドサービスを信頼していないというわけではないのですが、どこかでそれを管理できる団体というのがあればいいなと思っています。

フィルムとかでもフィルムの保存財団があり、故人の作家の作品は財団にちゃんと管理されていますが、プロジェクト全体のドキュメントの保存管理をされている団体なり財団なり、そういうのがあるとこっちとしても本当にありがたいなーという(笑)、ずぼらな理由なのですけど。

石井 アーティスト・イン・レジデンスそのものも、やっぱりアーティストが移動していきますし、団体もいつまで継続できるかわからないので、資料をどこかの組織に委ねて日本のアーティスト・イン・レジデンス関連の資料を探すならばここだ、というのがあればリサーチしやすいと思いますね。

   今日はありがとうございました!

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左|朝重龍太氏、右|石井瑞穂氏

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アーカスプロジェクト
http://www.arcus-project.com


朝重 龍太 Ryota Tomoshige
アーカスプロジェクト チーフ・コーディネーター。1979年長崎県生まれ。武蔵野美術大学造形学部映像学科卒業。2006年から2011年まで有限会社TOSHIO SHIMIZU ART OFFICEに勤務し、主にパブリックアートの制作設置に関わった後、2012年から現在までアーカスプロジェクトにてコーディネーターとして、スタジオの運営、レジデンスプログラムや地域プログラムの企画運営に関わる。2013年から現職。

石井 瑞穂 Mizuho Ishii
1973年千葉県生まれ。2002年東京藝術大学大学院美術研究科修士課程デザイン専攻修了。在学中よりアーカスプロジェクトのボランティアに参加。2002-3年ポーラ美術振興財団の在外研修員としてマレーシア、インドネシア、タイ、ラオスにて研修、東南アジアのオルタナティブスペースを調査。制作活動しながら2007-8年茨城県利根町にてアーティストによるAIRの運営。2010年アーカスプロジェクトインターン、2011年同アーカイブスタッフを経て、2012年よりコーディネーターとして企画運営の補佐を務める。近年では地域プログラムで「だいちの星座-つくば座・もりや座-」実施に携わる。


[今後の予定]

アーカスプロジェクト2015いばらき アーティスト・イン・レジデンス プログラム
http://www.arcus-project.com/jp/residence/
今年度で22年目を迎えるアーカスプロジェクトのレジデンスプログラムは世界81カ国・地域、応募総数599件の中から選ばれた、インドネシア、英国、南アフリカのアーティストを招聘します。彼らは8月18日から110日間、守谷市に滞在し、研究・制作活動を展開します。オープンスタジオは8日間の開催です。乞うご期待。

  • ティモテウス・アンガワン・クスノ/Timoteus Anggawan Kusno (インドネシア)
  • ステファニー・ビックフォード=スミス/Stephanie Bickford-Smith (英国)
  • エドゥアルド・カシューシュ/Eduardo Cachucho (南アフリカ)

滞在期間:8月18日[火]−12月5日[土] 110日間

◎オープンスタジオ:11月14日[土]−22日[日] (※16日[月]を除く) 13:00 – 19:00
入 場:無料
会 場:アーカススタジオ(茨城県守谷市板戸井2418 もりや学びの里2F)
アクセス:つくばエクスプレス(秋葉原より快速で32分)、または関東鉄道常総線で「守谷駅」下車
     詳細→ http://www.arcus-project.com/jp/about/access.html
問合せ:アーカススタジオ|0297-46-2600 / arcus[at]arcus-project.com
 HP:http://www.arcus-project.com