ヨーロッパ・米国におけるアニマル・パレード

現在、ヨーロッパ諸国や米国において、都市の中における一風変わったアートプロジェクトが流行している。このプロジェクトとは、『アニマル・パレード』と呼ばれるもので、アーティストによってデコレーション(ペイント)されたグラスファイバー製の牛や馬、鹿、ブタ、ライオン、熊、スヌーピーなどさまざまな動物彫刻とも呼べる立体が夏の間、街のあちらこちらに展示され人々の関心を集めるというものだ。

そもそもこの活動は1998年の夏、スイス、チューリッヒの商店街組合が夏に行なうパブリックアートのアイディアを一般公募し、スイスの茶牛が夏の間、山に放牧され秋には花に飾られ山から下りてくる年中行事をヒントにしたアイディアが優勝したことから始まった。この原案を現実のプロジェクトにするため、クリエイティブ・デレクターとして「EBSQ」という2人組(エレナー&ビート・ジーベルガー・クイーン)が運営をおこない、この”牛のパレード”を『ランド・イン・サイトLand in Site 』と名づけた。
“牛のパレード”には、3つの基本ポーズ(立姿、座姿、草を食べている姿)があり、その上で市内の店舗にスポンサーとなってもらい、好みの牛姿を購入してもらう。店は自分たちで直接ペイントデザインをアーティストに依頼したり、自社内のデザイナーがデザインしたり、又は「EBSQ」がリストアップしているアーティストの中からペイントを依頼することができた。そのプロセスにしたがって最終的には850頭の牛が作られた。
 かくして1998の5月28日から9月10日までの間、様々なデザインにペイントされた”牛たち”がスポンサーである店舗の前に展示された。チューリッヒ駅から湖までをつなぐ駅前通りまでが主な展示場所となり、駅の構内や空港の中にもいくつかのものが設置された。
 イベントは期間中、世界からの旅行者とチューリッヒ住民たちを大いに楽しませ、大好評を得た。イベント終了後、このために特別に企画されたオークションが開催され、各店舗は”牛”を所有することも出来たが、オークションにかけることを選ぶこともできた。驚いたことにオークションは再び大成功を収め、1頭数十万円で売却され、デザインしたアーティストによっては、高値で取引された。集められた資金は、各スポンサーが希望するノンプロフィットの団体へ寄付された。

 その後、このアニマル・パレードは米国へと飛び火し、最初のプロジェクトは1999年の夏、シカゴにおいて開催された。シカゴには牛にちなむ有名な物語があったことから、”牛のパレード”は打ってつけの題材であった。北ミシガン通り商工会議所が主催の立場をとり、それにスイス領事館とシカゴ市文化部が加わり、文化部内のパブリックアート・プログラム・デレクターが実際の企画運営をおこなうこととなった。スイスの「EBSQ」は、クリエイティブ・コンサルタントとしてこのプロジェクトに協力した。322頭の牛がチューリッヒから貸出され、その後シカゴ独自のデザインにアレンジされた。依頼を受けたアーティストたちは、基本ガイドラインに基づいた制作をおこなわなければならず、観光振興や市のプロモーション目的から反したり、デザインが下品なものや政治的、宗教的、商業過ぎたりする場合は、シカゴ文化部の認可を得ることができないかった。
 ペイント前のグラスファイバーの牛型は一基2000ドル、アーティストによるペイントが施されたものは3000ドル〜11,000ドル(アーティストのランクによる)で貸出された。牛たちはミシガン大通のウォーター・タワーからシカゴ川までにわたり設置され、美術館複合エリアとシカゴ空港に数頭置かれた。10月の終わりにはササビーズにより144頭がオークションにかけられ、同時にインターネット販売でもおこなわれた。オークションはここでも大盛況に終わり、子供たちの手形がプリントされた”牛”に最高値がつき、1,300万円で売却された。
 その後、このブームはアメリカ全土へと広がっていき、2000年にネブラスカのギボン市とテキサスのワコー市にて”牛のパレード”が開催され、ブタ肉で有名であったシンシナティ市では、”ビック・ピック・ギック(大きなブタの笑い)”という、379頭の歩いたり、座ったり、後ろ足立ちのポーズの”ブタのパレード”が夏の間開催された。ブタたちには「ビン・セント・バン・ホッグ」や「アンディ・ウォーホグ」、「ロイ・リキテンタネワイン(ブタの意)」などの名がギャグとしてつけられた。トロントではヘラ鹿、ケンタッキー州レキシントン市では、馬のパレードが”ホース・マニア”というタイトルでおこなわれた(参照:http://www.horsemania.org)。ミネソタ、セント・ポールにおいては、スヌーピーが作られ、大きな話題となりさまざまな論議が交わされた。また、ヨーロッパ諸国にもブームは訪れ、ベルリンでは2002年夏、熊のパレードがお目見えした。

(参考写真)

変わり種としては、ロスアンジェルスで2000年から続けられている
“A Community of Angels Sculptural Project”がある。これは、ロスアンジェルスという名前に因んで、動物のかわりに400体のエンジェルの彫刻(約190cm高)にペイントされたもので、街中のパブリック・スペースに愛らしい天使の彫刻がお目見えした。主にボランティア団体を援助することを目的に、市のコンベンション・ビジター局と市長直属ボランティア局による慈善事業として、さまざまなスポンサー集めがなされた。それは、市のアイデンティティをアピールし、それが観光誘致につながり、またボランティア・グループやアーティストの助成や育成に結びつくという一石何鳥にもなる結果をもたらしている。

 各都市のプロジェクトは、各々ウエブサイトを作り、スポンサーとアーティストの名前、すべてのデザインを公開し、パレードのカレンダーなどを紹介している。展示場所のマップも制作され、例えばシンシナティでは”ラ・ツアー・デ・ポーク(ブタの旅)”というマップを作り、セント・パールでは”ザ・グレイト・スヌーピー・サーチ”と名づけたものを市民に配った。その他、Tシャツやポスター、ポストカード、変わったものには牛の顔の時計などの土産を制作販売し、レキシントン市は”ホース・マニア”のハードカバー写真集を出版している。
 これらのアニマル・パレード・プロジェクトは、現在までにマスコミにも多く取り上げられている。当然ながら批判的な内容のものもあり、壊された像の報告や、盗まれたものなどがあげられる。一部のアート業界からは、パレードは商業的過ぎる内容でアートとしてのクオリィティを疑う批判が起こった。プロジェクトの第一目的は、市のプロモーションであり、各店舗に直接的な広告を牛のデザインに施すことは禁止されが、実際にはこの条例は決して厳格に実行されたわけではなく、店舗の中には多少自分たちの広告を直接的な表現で表したものも存在したのは事実であった。
 しかし、プロジェクト全体を通し、市におけるアート業界、コミュニティ、ビジネス関係、慈善団体にとって利益がもたらされたことは特記されるべきことだろう。人々は、マップを片手に次の牛や馬を求めて街中を歩き回る。夏季期間のツーリストをテンポラリーなアートイベントに引きつけることは、すなわちそこにお金を落としていくことにつながっていく。参加したアーティストにはお金が支払われ、そしてその後のオークションにおいて集められた資金は、ノンプロフィット団体に寄付され、現在までにアート関連団体を初めとする組織がその恩恵に預かっているのも事実だ。今後このプロジェクトの飛び火が、近い内にアジアにやって来ないとも限らないだろう。
(Y・K)

Public Art Review 2000年秋/冬号 “Having a Swine Time” ANIMAL ON PARADEを参照

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