アンドレア・ジッテル インタビュー / ハイデザート・テストサイトの軌跡

磯山智之

ロスアンジェルスから東へ約220キロ、フリーウェイ10号線から分岐した62号線は、北へ向かい一気に高度を稼いだあと、ジョシュアツリー国立公園の北端を縫うように東進する。南側には海抜150mから1500mに跨がる国立公園の砂漠の奇観が続く。アンドレア・ジッテル1主催の『ハイデザート・テストサイト』(HDTS)は、このフリーウェイに沿って点在する砂漠のコミュニティを舞台にした壮大なアート・プロジェクトである。恒久的な作品の設置だけでなく、毎年夏には期間限定の展示やイベントも数多く行われ、地元には現代美術のひとつのありようとしてすっかり定着した。

しかし、HDTSを体験するのは容易ではない。一番西のサイトから一番東のサイトまで直線距離で80キロ以上、すべてを見ようとすれば2日あってもたりない。ましてや、いくら地図があるといっても、目印の少ない灼熱の砂漠で目的のサイトに一発で辿り着くなんて不可能に近い。行ったり来たり、砂漠の只中で道に迷うこともHDTSの醍醐味である、とアンドレア自身も言っている。

2000年にジョシュアツリーに住居を構えて以来、アンドレアと友人達とともに私財を投じて近隣の土地を購入し、アーティスト達に表現の場を提供してきた。何が彼女を突き動かし、何を彼女はこの砂漠の酷い照り返しの下で見てきたのだろう。七年に亘るHDTSの活動をアンドレアに振り返ってもらった。

Allen Compton (from HDTS 3) / Photo credit: none


TI: HDTSがこの砂漠のコミュニティにもたらしたものは何だったと思いますか。あなたはただアート・プロジェクトを設置するだけでなく、アートを取り巻く文化そのものをこのコミュニティに移植しようとしたように見受けられますが。
AZ: この辺りの砂漠の街にはアートも文化も何もなかったって思っている人も多いけど、それは間違いね。私が引っ越してくる前から、この辺りにはいろんな人たちが移り住んで来ていて、多様でかつ自由なコミュティだったわ。ロッククライマーたちはずっと前からここに住んでいるし、(ロック・クライミングは重要な観光資源ね、ここでは)、 60年代にはヒッピー達もきたし、それからミュージシャンも集まって来たわ。美術をやる人たちは定年後に引っ越してきた年配の人たちが多かったけれど、今ではHDTSのせいもあって現代美術の作家も増えて来たし、建築家やデザイナーもニューヨークやロスから引っ越して来て、コストの安いこの辺りで実験的な家を造ったりもしている。ここにはクリエイティブなコミュニティがすでに存在していて、HDTSは新たにその中に加わった小さなグループということになるわね。

TI: 現代美術の設置が、街や砂漠の景観に及ぼす影響についてはどう考えていましたか。
AZ: HDTSを始めた頃(2002年)は土地も安かったから、買えるところはどんどん買って、恒久展示の作品を砂漠の風景の中に設置していくということを続けたけれど、2年もやるとね… こんなに美しい砂漠の風景を、大きな人工物を付け加えることによって、矮小化して公園みたいなものにしてしまっているんじゃないかって思うようになったの。それよりも、パフォーマンスとか、期間限定の展示など、もっと直接コミュニティと関わっていくような作品のほうが、ここでやる意味があるような気がするわ。

左)Sarah Vnderlip / Photo credit: David Dodge
右)Miguel Nelson (from HDTS 07) / Photo credit: David Dodge

TI: 面白いですね。最初は時が経てば恒久展示の作品は砂漠の風景に馴染んでいくのではないかと思っていたが、実際はそうではなかった。
AZ: そうね。初めて砂漠に来るとね、設置してある作品も含めてすべてがとんでもなく美しく見えてびっくりするんだけど、暫くすると、美しいのは風景そのものであって、そこに置かれた作品は視覚的なおまけにすぎないと気がつくのね。

TI: あなたは、エスコンディードというサンディエゴ郊外の小さな街の生まれですが、HDTSを始めた動機との関連はあるのでしょうか。
AZ: そうね。私はカリフォルニア人としては3代目。私の曾祖父は開拓者で馬車に乗って西部に来た人たちの一人ね。祖父たちは、少しずつ砂漠を農地に開墾していった人たちだし、父と母は何もない町が郊外として発展していくのを目の前で見た人たちだった。つまり、それぞれが、それぞれの時代のカリフォルニアの開発の目撃者だったわけね。
開発、都市化というのは、まるで寄生虫のような気がすることがあるわ。私が砂漠のこの地域に来たのは、ここなら厳しい気候と不便さのせいで、開発のスピードが他より緩やかなんじゃないかと思ったからだけど、そんなことはなかったわ。でもね、ここで私が活動を行うことで、急激な開発と発展をよしとしないという価値観を持った人が集まってくるようになれば、新たにそういう価値観に根ざした一つの都市の形というものを呈示できるんじゃないかと思うの。

左)Marie Lorenz (from HDTS 1) / Photo credit: Andrea Zittel
右)Giovanni Jance (from HDTS 2) / Photo credit: David Dodge

TI: それはあなたの他の作品、Smock Shop3 や Small Unit Housing に通じる考え方ですね。必要最小限の構成、サイズでありながらも、デザインは遊び心にあふれている。
AZ:そうね。私はものごとというのは一定のサイズ以上にはしない方がいい、と信じているの。Smock Shop にしても HDTS にしても私は枠組みを設定するだけで、そのあとはそれが独立して、それ自体で進化していくというやり方が好きなの。もちろん、最初の枠組みしだいでそれがうまくいくかいかないか決まる訳だけど。 HDTSにはわざととてもルースな枠組みが設定されているわ。なぜかというと、ものごとがうまく行かなくなるのは、規則が厳しすぎたり、何がおこるか簡単に予想がついてしまったりで、活動が低調になるからね。HDTSでは、一応キュレイションのプロセスがあるけれと、それでも基本的には自由であることを大切にしているわ。
そもそも、HDTSをはじめた動機の一つは、アーティストが美術館やギャラリーなどの大きな組織から展覧会をやる許可を貰うのを待っている(という姿勢でいる)のに、私自身が飽き飽きしていたからなのよ。アーティストはもっと小回りが効いて、そういう大きな組織が気にしなくちゃいけない事とは関係ないんだから、もっといろいろ勝手にやるべきなのよ。そういうアーティストと作品を「世界に出す」ためにHDTSはあるのよ。アートは、美術館やギャラリーと関係ないところでじかに経験することで、その意味がもっと面白くなるはずなのよ。
もちろん、HDTS自身が大きくなりすぎた、という反省はあるわ。大きすぎて融通の効かない組織になってしまったかもしれない。それに、そういうものに対抗しようとしてはじめたことだから、そうだとしたら一度立ち止まらなければならないわね。だから今年は、コンセプトを練り直すためにHDTSはやらないことにしたの。このまま大きくしていくか、それとも規模を縮小してフットワークの軽さと独立性を維持することを重視するか、考えているところね。

TI: 具体的にはどんな方向転換を考えているのですか?
AZ: 当初の目的により沿って、もっとアーティストのエージェントとしての活動をしていくということね。2010年からは、アーティストに作品を設置する「許可」を与えるのではなく、独自に活動しているアーティストの情報を集め発信していきたいと思っているの。場所を提供したり、イベントを主催したりするのではなく、私たちが見つけたアーティストをウェブサイトや出版物を通して紹介していく。ジョシュアツリーのダウンタウンに物件を借りてインフォーメーションブースにする手もあるわ。この砂漠のコミュニティに広がるいろんなプロジェクトの地図と情報をそこで手に入れられれば便利よね。

TI: もう紹介したいアーティストに心当たりはありますか。
AZ: うん、ワンダーヴァレーにすんでいる女性のアーティストがいるんだけど、彼女はもう何年も前から、週末になるとアンボイという廃墟の町に出かけていって、高速道路脇のうち捨てられたちいさなキャビンに抽象的な映像を映写する、ということをやっているの。4 彼女の活動のことは誰も知らないから、夜遅くに近くを通りかかった人たちにとっては、大いに驚きであり、楽しみよね。彼女みたいな人たちを紹介する機会をもっと増やしていきたいわ。

左)Person in a Cracked Dry Lakebed / Photo credit: Jeff Reed)
右)Andrea Zittel Portrait / Photo credit: none)

TI: やはり、許可を与える側にはなりたくない、ということですか。
AZ: うーん、もっとアーティスト達がいろんなプロジェクトをやるのを応援したいということね。別に美術館やギャラリーなどの権威に反抗しているわけではなくて、ただ、アーティスト達は、自分そのものを権威として、もっと自発的にいろんなことを実現していくべきだと思うわ。

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アンドレアの言うアーティストの自主性の大切さというのは、美術館、ギャラリー、コレクターという美術作品を媒介とした経済活動の外側にいることの面白みをアーティストはもっと認識するべきだということであろう。HDTSは砂漠のコミュニティのリベラルな住民に後押しされて自主的に発展してきた。参加した多くの有名なアーティストやオーディエンスにとっては、アートが非日常的体験への水(砂)先案内人となる、刺激的なイベントであったはずだ。
アンドレアの言葉によれば、それはアートが日常とまじわるときの曖昧な境界の感じを味わうことなのだと。砂漠の中を歩き回っていて、なんだか不思議なものを見つけて、あれはいったい何だったんだろうと一日中考える。「『説明がつかないけど、不思議にすばらしいもの』ってあるでしょ。あれはアートですって最初に言っちゃったら、台無し」なのである。

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