第7回リヨンビエンナーレ&ケルンのアートイベント『ロングナイト4』 の報告

2003年9月から2004年1月まで開催されたリヨンビエンナーレ。そして、ケルンで行なわれた一夜のアートイベントに関するレポート。

第7回 リヨンビエンナーレ報告
開催期間:2003年9月18日〜2004年1月14日まで

フランス中部に位置するリヨン市は、史跡が世界遺産に認定され、中世と現代の都市が程よくミックスした美しい景観美を誇っている。その中で、第7回となる『リヨンビエンナーレ』は、市内5ヵ所の会場で開催された。ソーヌ川に沿いに街の南北、そして西側の新開発エリアに会場は分散している。アクセスの面では、いかにもフランス的でオーガナイズがあまりされてはいなく、短期間の訪問者には非常に不便なものであった。しかし、その内容は・・と言うと、開催時が後半部、重なっていたベニスビエンナーレと違いがあったという感想を抱いた。

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“flash mobs” 世界中で出没するネット群衆

2003年の6月末にNYではじめて出現し、あっという間に世界中に伝染し大流行したflash mobsインターネットやe-mailを通じて組織化されたパフォーマンス・イベントとは?

どこからともなく湧いてきたような100人を超える人々が急にニューヨーク市内にあるデパートMacy’sの家具売場に出没した。そのラグ売場で、自分たちが共同生活をしている郊外のロフトのためラグ(love rugsという名前)を探し、みんなで議論する(ふりをする)。担当者が困惑し、10分過ぎたところで急に全員立ち去った。
NY初のflash mobs、Macy’sにて、2003年6月

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現代パブリックアートにおけるメモリアルの論争点

Controversies Related to Memorials in the Contemporary Public Art

マヤ・リンによるベトナム・ベテランズ・メモリアルとレイチェル・ホワイトリードによる
ホロコースト・メモリアルの比較検証
Comparative Analysis of Maya Lin’s Vietnam Veterans Memorial and Rachel Whiteread’s Holocaust Memorial

工藤 安代 Yasuyo Kudo

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エコロジカル・アート:地球へのメタファーと対話

Ecological Art : Metaphor and Dialogue on the Earth

ヘレン・マイヤー・ハリソン&ニュートン・ハリソンの作品をめぐって
On the Works of Helen Mayer Harrison and Newton Harrison

清水裕子 Shimizu Hiroko

キーワード:エコロジカル・アート、メタファー、対話
Keyword : Ecological Art, Metaphor, Dialogue

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参加型のパブリックアート Vol.8 <移民、ホームレス、教育>

クシュシトフ・ウディチコ“ エイリアンの杖”
1992−96

自らもワルシャワに生まれ、カナダ、アメリカへと移民した体験があるウディチコが、パブリックな場で声を発する機会のない都会の周縁部に住むホームレスや移民の人々が「語ることを可能にする道具」を制作した。

パブリック・スペースは、本来、特定の人のみに俗さず、すべての人々に開かれただれもが使い、自由に意見交換できる場所であるはずだが、ホームレスや移民、難民の存在は、このような真の意味での公共空間が現代では欠如していることの示している。
現代は、コミュニケーション技術が飛躍的な進歩を遂げ、グローバルに爆発的な広がりをみせる一方で、コミュニケーションにおける文化的背景の違いによる誤解、外国人に対する排斥や対立も数多く見受けられる。
杖を動かす人は、何か?と近づいて来るすべての人々の間の媒体となり、かれらの話をすべて録画、録音することができる。漂民というo験を通じた経験、要求、政治的、心理的、倫理的な葛藤をさらけ出し、文化的な背景や記憶を呼び戻し、自身の過去へのつながりを再構築するためにも使うことができる。
このコミュニケーションのプロセスを通じて、人の想いを聞き、また自分の中にある疎外感、違和感をさらけ出すことによって、個人の存在に自信を取り戻すこと、さらには本来のパブリック・スペースが再構築されることを目指している。

聖書の中の羊飼いが持っているような杖に、小さなモニターとスピーカーがついたもの。モニターには、予め録画された杖を動かす人の個人的な体験が映し出される。また、柄の部分にはその人の思い出の品々が収められている。

<Porte-Parole>は、スピーカーと小さなモニターがついた道具で、口にはめて使う。その声は、予め録音され編集されたその人の声明や物語に遮られるかまたいっしょになって聞こえてくる。
通常、「Porte-Parole (ポータブルお話器)」といった他の道具と共に、2-3人のグループで現れて、興味を持って近づいて来る人々とのコミュニケーションをはじめる。

<ホームレス・ヴィークル> 1988-89
ホームレスの人々が生活できる最低限の機能を備えたカート。伸縮性で、伸ばせば横になることもできる。ホームレスという状況をより顕在化して、それに対する意識をより深めるための批判的な表現である。

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参加型のパブリックアート Vol.7 <環境、ゴミ>

ミエーレ・レーダーマン・ユークレス“ フォロー・シティ”
ニューヨーク, 1983−91

—ニューヨーク市衛生局とのコラボレーション—

ユークレスは‘70年代から、ニューヨーク市の行政機関である衛生局の“アーティスト・イン・レジデンス・アーティスト(滞在して制作活動を行なうアーティスト)”となり、衛生局の協力のもとで 25以上のアートワークに携わっている。プロジェクトを通して、ゴミの問題をもっと自分たちのものとして捉え直すこと、そしてゴミの収集処理にまつわるさまざまな問題を扱っている。

<フロウ・シティ>
ニューヨーク衛生局は‘80年代初め、ゴミ処理シムテムの改修事業を始めた。施設はハドソン川の最も美しいエリアであるジョージ・ワシントン橋と自由の女神の間に位置している。 マンハッタン中のゴミを満載したトラックが集まり、施設からそのゴミが船によって埋立処理場へと運ばれて行く。
ユークレスは、エンジニアと共にこの場にパーマネントのパブリックアートを提案した。 “フロー・シティ”プロジェクトは2年を要し、人々が訪れゴミを処理する過程を実際に見るということをアートワークのなかに取込んだ計画した。
歩道ランプがガラス製のブリッジへと繋がってゆき、ブリッジから見学者はごみ処理の作業過程を見学できる。ブリッジの壁はガラス窿プラスチック、ゴムや木などのリサイクル可能な素材で出来ている。

現代消費社会が一生懸命ゴミとなる物を買うために働き、処理しきれないほどのゴミを放出していること。その努力の末に得た物を目下に運ばれて行くゴミとして再び見ること。そして考えなしでリサイクル可能なすべての素材を一緒に荷船に捨ててしまうことの愚かしさに気づいてもらうために、処理工程作業の流れを見れるように計画された。

ブリッジの終わりに“メディア・フロー・ウオール”というクラシュ・ガラスで出来た壁面がある。24のモニターがセットされており、施設の内外にあるカメラからのライブ映像や一般的なゴミ問題を流している。ハドソン側の川面の下流・中流・上流を接写し、マンハッタンに現在生息している30種の魚が生きる川中を写し出し一方、埋立処理場であるフレシュ・キルズ・ランドフィルにおけるゴミの蓄積をドキュメントしている。いかにゴミ処理場が地球全体のシステムにリンクしているかという事実を3種の映像がつくりだしている。

<The Social Mirror>
ゴミ収集車の車体を鏡張りにし、今収集しているゴミを出し続ける街や人々を映し込むイヴェント。

<Touch Sanitation>
約8,500人のゴミ収集職員と握手をし、
「ニューヨークの街をきれいにしてくれてありがとう。」と伝えるパフォーマンス。

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参加型のパブリックアート Vol.6 <労働環境>

サイモン・グレナン&クリストファー・スペランディオ“ We Got It!”
シカゴ, 1991−93

キャンディーの世界的首都と呼ばれているシカゴで、アーティストと工場の労働者が協同で、彼らのメッセージを込めたオリジナルキャンディーバーを開発したプロジェクト。アーティストはクリエイティブ・チームのディレクターとしての役割を担った。

グレナンとスペランディオは、常にユーモアと身近な題材を使い、さまざまな現場で働く人々に注目し、労働者の環境について新たな視点で考える参加型のプロジェクトを数多く行ってきた。
“WE GOT IT!” では、生産性と企業イメージだけが強調され、常に無機的な製造ラインで働く労働者、流通の段階では個々の顔がみえない製造者の存在に光をあてたいと考えた。そして、チョコレート工場、たばこ工場の労働者ともに、オリジナル・キャンディーバーを製造、管理、流通まで一貫して行い、これらの体験を通じて、労働者が企業内の全体経営を理解し、管理者、労ュ者間のより円滑な対話が成立し、企業にとっても労働者とコミュニティとのより良い関係について考える契機になることを目指した。

この提案は、本社から却下され、製造場所、流通先を見つけるのに非常な困難を伴った。そこで、商業製品として販売し利益を追求するという初期の戦略を変更して、労働階級が直面する問題についてのメッセージを持った製品として、より広く人々の手元に渡る作品とした。このメセージは、オリジナル・キャンディバーとともに組合員に手渡された。

代表者12人は、企業の許可を得て、一週間で40時間のワークショップを行い、
労働と家庭生活、個人と会社、消費者とマーケティング戦略の関係についてアーティストとともに議論した。この作品は労働環境を批判するためのものではなく、むしろ労働者の存在を世に知らしめるという目的に基づいており、従来のモニュメントとの全く異なる手法で、労働者の立場が顕在化された。また、制作の過程で、アート作品の持つパワーを確認して、参加者は労ュ者としてのプライドを共有することができた。

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参加型のパブリックアート Vol.5 <教 育: ホームレス、ネイティヴ・アメリカン>

ジム・ヒューパード“シュティング・バック・プロジェクト”
1989−現在

非営利団体である「シューティング・バック」は、限られた教育しか受けることのできないホームレスやネイティヴ・アメリカン等の子供たちに、教育の機会を与えることを目的として、写真作品を制作するワークショップを行っている。

プロのカメラマンをボランティアで500人以上派遣し、ホームレス、以前ホームレスであったこどもたちに写真の取り方や考え方を、ホームレス保護施設や福祉宿泊施設で指導している。
彼らの写真作品を集めた展覧会は、3年間に渡り、全米10都市を巡回し、数多くの人々に大きな感動を与え、子ども、青少年のおかれた現状やその力強い創造性を世に広く知らしめる契機となった。
専用のシューティング・バック・フォトギャラリーを有し、定期的に子ども達の作品を展示している。

ワシントンD.C.にシューティング・バック教育・メディアセンターを開設、10歳から19歳までのさまざまな問題を抱える青少年ととものワークショップを開催、実際の撮影や現像の技術を学びながら、写真という媒体を通じて、人々とのコミュニケーションの方法、さらには世界中の人々の意識を少しづつ変えてゆくことができるということを実感していった。

また、ミネアポリスにもセンターを開設、ここでは特にインディアン保留地に住むネイティヴ・アメリカンの都市部と同じ問題をかかえる青少年を対象にワークショップを行っている。

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参加型のパブリックアート Vol.4 <地域づくり>

セイエッド・アラヴィ“Where is Fairfield?”
フェアフィールド、1995

フェアフィールドの街全体を巻き込んだインターラクティヴなパブリックアート・プロジェクト。西海岸に位置するフェアフィールドという小さなまちのアイデンティティを考え、住民が自分たちの街の特色に気づくことが目的であった。5人のアーティストにより、役所や学校、郵ヨ局、銀行、新聞などプライベートとパブリックの両組織のなかで “Where is Fairfield?”という問いが投げかけられていった。

“Where is Fairfield?”は、街中の様々なスーパーマーケットや日常雑貨店の紙袋に印刷され、住民の家までそのメッセージが運ばれていった。

市役所関連の施設にも質問が記された垂幕が設置された。

市内の全学校で、各学科の教員と生徒たちはこの質問についてデスカッションをおこない、用意されたポストカード(隅 に“Where is Fairfield?”と印刷されたもの)にこの質問への生徒たちの答えを書き込んだ。ポストカードは、フェアフィールドセンター・ギャラリーに飾られ、希望者には販売された。

飛行に垂幕“Where is Fairfield?”と書かれた垂幕をつなげ、市内の上空を旋回した。

“Where is Fairfield?”という言葉が書かれたTシャツを着る高校生たち。彼らは住民にこの質問を投げかけ、またフェアフィールドの歴史を聞き取り、それをヴィデオに収めた。
市内のモール内では、この質問に答えている地元の人々をドキュメントした彼らのビデオが流された。

地元郵便局では、特別な消印付の切手が用意され、利用された。

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参加型のパブリックアート Vol.3 <公共施設、歴史>

アン・ハミルトン&アン・チェンバレン “サンフランシスコ公立図書館”
サンフランシスコ、1996

コンピューターの導入で不必要になった“インデックス・カード”を使った作品。
カードはこの図書館100年以上使用され続けた歴史を有している。
それぞれのカードには、そのカードに記されている本やそのタイトルに関連した本の引用文が様々な言語で記されている。

アン・ハミルトンの作品のテーマの一つに、アメリカにおける労働運動の歴史があげられる。歴史上に記されることのない無名の労働者たち(自分たちの手を酷使して労働した)に焦点をあてる。
彼女のプロジェクトは、多くの人手を要し、プロジェクトを行なうコミュニティからの参加者の協力るということがプロジェクトの始まりであり、多くの人々の “手”が作品を作り上げる。

参加者は200人近くに及び、移民した様々な人種が自国の言語で文章を書いた。
このコラボレーションは、人々が本をリサーチをした事を示す事ではなく、一人ひとりにとって、その本が意味を持ち、その解釈は多様なものであるという事実を表わしてゆくことであった。

これらのカードは、人々が利用できる図書館が所蔵する本の内容を明らかにし、本の世界への『窓』として表現された。 このアートワークは、図書館の3階分のフロアーで設置されている。

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