オルタナティブ・スペースが “オルタナティブ(代替)”ではなくなるとき

近年、東京をはじめとする都市部よりも自然豊かな地域へ移住したり、将来的に移住を考えているという若者が増えているという。(1
こうした傾向は、例えば東日本大震災以後人々の関心が資本主義における消費活動だけではなく、より心理的な豊かさを求めて自らの生活を構築し始めているという表れなのかもしれない。
一方で国内の現代アートでは特に2000年代以降、アートプロジェクトも盛んに行われるようになり、近年各地で開催される国際美術展もその潮流のひとつと見ることができる。これらを一概に関係付けることは難しいかもしれないが、美術館やギャラリーから離れてサイトスペシフィックな場でアートを鑑賞する、またはそうした活動自体に関わるという経験は、上述のような都心を離れた地で生活を築こうとする志向とどこか重なるのではないだろうか。
さかのぼれば9.11を皮切りにグローバリズムに対する懐疑の念が高まり、自国に眠る土着的な文化を再構築しようとするナショナリズムが再考されているとも言える。そして現在私たちが置かれている状況を受け止め、画一的な経済的成長ではなく柔軟にその規模を縮小させることで“量”から“質”へシフトしていくことは次代を担う人々にとっての課題なのかもしれない。(2

現在のオルタナティブ・スペース
美術において鑑賞の場が美術館やギャラリーといったいわゆるホワイトキューブを制度批判的に脱した例としては欧米では1960年代のランド・アートなども挙げられる。国内においては美術のみならず社会システムに対するアナーキーな文化動向として1950年代からはじまる野外美術展などの傾向も参照できるだろう。(3
そして自らの手で作品発表の場を立ち上げていく動きもある。1969年からマンハッタンのグリーン街にアートコレクターの支援を受けて始まった「98 GREENE STREET」は、アンディ・ウォーホルやジャスパー・ジョーンズ、ゴードン・マッタ=クラークなど、様々なアーティストたちが交流する場となっていた。更にマッタ=クラークは1971年にソーホーで数名のアーティストと共に「FOOD」というアーティストランのレストランをオープンする。(4 このように美術館や画廊など既存の制度にはとらわれない多用途なスペースはオルタナティブ・スペースと呼ばれ、実験的な活動を支援する場となった。
そして欧米を出自としながら日本でも様々なオルタナティブ・スペースが誕生した。代表的なものとしては、多くの若手アーティストに発表の機会を提供した「佐賀町エキジビット・スペース」や、美術のみならず演劇や音楽などジャンルレスに活動を行う「BankART1929」などが挙げられるだろう。
更に美術評論家の福住廉はオルタナティブ・スペースの大きな特徴として、そこがアーティストにとってのある種のたまり場になっていることを指摘している。(5

ここでは比較的新しいオルタナティブ・スペースをいくつか取り上げてみたい。
後述することではあるが、これらを広義にオルタナティブ・スペースと呼ぶことはできるものの、その形態や運営者の認識は様々であるということは予め断っておく。

ナオナカムラ

(左)天才ハイスクール!!!!展覧会「GenbutuOverDose」撮影:森田兼次 (右)笹山直規+釣崎清隆展覧会「IMPACT」撮影:酒井透

(左)天才ハイスクール!!!!展覧会「GenbutuOverDose」撮影:森田兼次
(右)笹山直規+釣崎清隆展覧会「IMPACT」撮影:酒井透


1990年生まれの中村奈央がディレクターを務めるナオナカムラは高円寺にある「素人の乱12号店」スペースにおいて、これまで不定期ではあるがキュンチョメや中島晴矢など有望な若手アーティストの個展を開催してきたギャラリーである。整備されたホワイトキューブではなく既存のビルの一室にオープンするナオナカムラだが、空間的な問題を物ともせずに骨太な展示ばかりだ。その多くの作品が半ばアーティストの個人史に依存している印象を受けるが、それは彼ら自身と向き合い続けるディレクター中村の熱意の現れでもあり、作品とじっくり対峙させてくれる時間を生み出すギャラリーの色なのかもしれない。

TAV GARELLY

写真提供:TAV GALLERY

写真提供:TAV GALLERY


TAV GARELLYは、アーティストではなく、キュレーターが所属するギャラリーとして2014年にオープン。展示におけるギャラリーとアーティストの関係性にキュレーターという存在を介入させることで、より多角的なアプローチを考察していく実験的な場となっている。それ故に従来のコマーシャルギャラリーでは難しいような展示形態や、発表の機会を得にくい若手作家などを積極的に巻き込んでいる。こうした試みを可能にしているのは、TAV GALLERYはギャラリー経営会社が所有するビル1階に入居しており、2階から4階がペアレンティングホームとなっていることで、作品販売に依存しない運営システムを築いていることも大きい。

カタ/コンベ

撮影:新井五差路

撮影:新井五差路


中野にあるカタ/コンベは2012から始まった若手アーティストが集うシェアアトリエである。通常は入居メンバーによるアトリエであるが、定期的にゲストアーティストを迎えた展覧会を開催。オートロックマンションの地下室というアクセスの難しさも感じるが、展覧会開催時には多くの人で賑わう。印象派やシュールレアリストにそれぞれ拠点があったように、作家活動を行う上で自分たちの場所が欲しかったことが現在の形式をつくりあげたきっかけだという。展覧会は週末の2日間しか開催されないため、多くの出展者もその場に集まることで濃密なコミュニケーションが生まれている。

あをば荘

写真提供:あをば荘

写真提供:あをば荘


墨田区にあるあをば荘は「墨東まち見世2012」に参加したアーティストユニット佐藤史治+原口寛子によるプロジェクト会場となったことをきっかけに、2階を住居としながら1階では展示やイベントを開催しているスペースだ。美術だけでなく多様なジャンルの運営メンバーが関わることで、演劇公演やクラフト販売など様々な催しを行っている。周辺地域といかに関係を築くかを重視しておりHPなどでの対外的なアピールでばかりではなく、ご近所付き合いの中でいかに創造的な活動ができるかを丁寧に実践している様子が伺える。

awai art center

写真提供:awai art center     (右)加藤巧個展「〜|wave dash」

写真提供:awai art center (右)加藤巧個展「〜|wave dash」


東京に数多くのオルタナティブ・スペースがある一方で地方の動きも見逃せない。今年の4月29日にこけら落としを迎えたawai art centerは古くなった民家をセルフリノベーションし、展示スペースの他にカフェなどを併設したアートセンターだ。松本駅から徒歩5分ほど、天神深志神社の参道に面しながらも人通りは穏やかな場所にある。松本駅周辺には松本市美術館がある他、雑貨店が並ぶ観光スポットなどもあり、季節によっては多くの観光客でも賑わうことだろう。さまざまな物事の間(あわい)に表現を開いていくことをイメージして付けられたという名が示すように、松本という地でいかに表現の場をつくるのかこれからの活動に注目している。

アートが立ち上がる場
一様にオルタナティブ・スペースという呼称で括っても、それぞれはギャラリーを冠していたり、住居を伴っていたりと様々である。ここで紹介したスペースでもオルタナティブ・スペースを自称するところもあれば、そこにアイデンティティを持たない場合もある。呼称についてはそれぞれのスペースのコンセプトによって様々であり、例えば「Art Center Ongoing」は意識的にアートセンターと自称している。(6
本来オルタナティブとは何かに替わってという意味であり、オルタナティブ・スペースとは、美術館や画廊などの制度に参入するのではなく新たな表現の場を指すものだ。仮にその発端が制度への批判であったとしても、それらは今や対立項や代替物としてではなく、若手アーティストの作品発表の場の選択肢であり、時にはアートプロジェクトの会場でもあり、スペースによっては美術館に劣らない入場者数を誇るなど十分な文化資源として機能している。
こうした胎動を敏感に察知するアーティストやキュレーターもいる一方で、多くの美術館学芸員やギャラリスト、大学教員などは展示を見に来ない現状に、Chim↑Pomの卯城竜太は「オルタナティブな動向とメインストリームはコミュニケーションを取って、新しくリアルなものを世界に発信すべき」と述べている。(7
この気運を意識したのか、最近ではオルタナティブという語が積極的に用いられる例も見受けられる。ゲンロンカオス*ラウンジ 新芸術校は教育方針を「まったく新しい、オルタナティブ・アートへ」と掲げ、2016年5月に開催される「3331 Art Fair 2016 ‒Various Collectors Prizes-」ではオルタナティブ・スペース主催者たちによる推薦者枠が設けられている。(8 (9 またLOFT PROJECTによるエンターテイメント・メディアRooftop内で連載の始まった現代美術家の中島晴矢による「オルタナティブ展評」は独自の方法で作品を発表する若手作家の展覧会を取り上げることを目指した展評だ。(10
オルタナティブは泥臭い抵抗の旗手としてではなく、アートが立ち上がる場を自ら作り上げるごく自然な方法のひとつであるのではないだろうか。裏を返せば自らこうした場を創り出さねばいけない状況だったとも考えられる。

オルタナティブ・スペースが死語になる時
過去にシェアハウスが寄宿舎として建築基準法の風当たりを強く受けたように、既存の制度が時代に適応せず生活スタイルなどと乖離していく過程では、規制や価値観に先攻して自発的にその志向を具体化していく必要もあるだろう。労働形態においてもひとつの仕事に従事するのではなく複数の仕事を掛け持ちすることで多角的なスキルを身に付けたり、万が一解雇などによって収入源を失った際でもリスク回避にもなるといった意識の変化が起こっている。
こうした事象は冒頭に挙げた東日本大震災に記憶が新しいように、日本という不安定な地の上では西欧に倣った歴史を積み重ねること自体に大きな障害があることを示唆してはいないだろうか。そんな「悪い場所」の上では全ては仮設ということを含意に考えるべきだろう。(11 これは決してネガティブな態度ではなく、全てが流れさってしまうことがある土壌の上をも軽やかに乗りこなす身体感覚を養うことだ。それは関東大震災直後に生活を再建する足がかりとして機能したバラックを生み出す感覚に近いのかもしれない。
また最近では空き家対策を含めて人口が減少する時代に対しシュリンキング・シティ(縮小する都市)という考えもある。これまでの都市計画にあるようなゾーニングではなく、小さな街の中でもスポンジの孔のように不規則に空いてしまったスペースに個々人の意思によって充実した機能を重ねていくという可能性をオルタナティブ・スペースに照らし合わせてみるならば、ハードを含めた既存の資源を活かして営まれるものが多く、近代的な経済成長に捕われない持続可能性が高い活動であると期待している。(12 これまでの文化施設や大規模なアートプロジェクトでは介入する隙間のなかった場所に分け入るこうした活動は、今後の文化芸術の担い手として重要な萌芽となるだろう。
現在オルタナティブ・スペースと呼ばれるものの多くが住居、アトリエ、カフェ、まちづくり、若手アーティストの発掘・支援などいくつもの要素を駆動させて乗りこなされる軽快なものだ。既にアートという文化領域も近代の限定的な制度だけでは成り立たずに多様化してきた中で、オルタナティブ・スペースがその領域の末端にあったならば、内部への批判的なまなざしを保ちながらもいくつもの要素を組み合わせて更に前進するとき、代替物という語義を超えた可能性を宿すのだろう。
それはオルタナティブ・スペースが死語になる時こそが死線を抜け出る瞬間なのかもしれない。

(文:青木彬)


(1 国土交通白書2016(http://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h26/hakusho/h27/index.html)
(2 松村嘉浩.なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?.ダイヤモンド社
(3 加冶屋健司.「地域に展開する日本のアートプロジェクト—歴史的背景とグローバルな文脈」
『地域アート 美学 制度 日本』.堀之内出版.p104
(4 Lauren Rosati,Mary Anne Staniszewski.ALTERNATIVE HISTORIES
(5 http://artscape.jp/artword/index.php/オルタナティブ・スペース
(6 アートプロジェクト 芸術と協創する社会.熊倉純子(監修).水曜社.p92
(7 美術手帳.2015年5月号.美術出版
(8 http://school.genron.co.jp/gcls/
(9 http://artfair.3331.jp/2016/about/
(10 http://rooftop.cc/powerpush/cat4/151127190659.php
(11 日本・現代・美術.椹木野衣.新潮社
(12 都市をたたむ.饗庭伸.花伝社

青木彬(Akira Aoki)
1989年生まれ。東京都出身。首都大学東京インダストリアルアートコース卒業。在学中に「ひののんフィクション」「川俣正TokyoInProgress」などのアートプロジェクトの企画・運営に携わる。メインストリーム/オルタナティブを問わず、横断的な表現活動の支援を目指す。これまでの企画に「『未来へ号』で行く清里現代美術館バスツアー!」、「うえむら個展 ここは阿佐ヶ谷」などがある。現在はTAV GALLERYのキュレーターとしても活動中。
http://akiraoki.tumblr.com/

| |

下野新庁舎アートワーク『ふくべたちの庭』完成記念トークイベント

この度、アート&ソサイエティ研究センターでは、新市庁舎のためのパブリックアートをディレクションいたしました。
21世紀、日本社会におけるパブリックアートのすがたはどんな形なのでしょうか?20世紀までのすがたを「1.0」とすると、これから求められるすがたは「2.0」とたとえることができます。
1.0が作品ありき、完成で終わりのあり方だとすると、2.0では「市民生活」がキーワードです。できあがった後にも市民といかに関わりを持てるか、人びとと“つながる”の視点が大切になります。新市庁舎を訪れる市民のために、どんなアートワークが必要か。本トークでは、建築と広場の設計者と共にアーティストたちからその声を聴き、現代社会のパブリックな空間におけるアートワークのあり方を探ります。

fukube0513

ひらかれた広場にむけた “ 2.0 ” のアートワークをつくる
~アート・ローカリティ ・エンゲイジ ・人びと ~

会 場:アーツチヨダ3331 B1マルチスペース 
定 員:30名程度 
参加費:無料(懇親会にご参加の場合は1,000円)

トーク参加者
香月卓也(佐藤総合計画、下野新庁舎設計者)
新井敦夫(SORA Synesthetic Design Studio代表)
菅野麻依子(アーティスト)
松本大輔(ライティング・アーティスト)
清水裕子(A&S アート・ディレクション)
モデレーター:工藤安代(A&S 代表理事)

【お申込み方法】
「氏名/人数/連絡先/懇親会の参加希望の有無」を本文中に明記いただき、タイトルを「アートワーク完成記念トーク・イベント参加希望」として下記メールアドレスにお申し込みください。
Email: info@art-society.com

フライヤーのダウンロードはこちらから

| |

街のなかで見るアート・プロジェクション

A&Sでは昨秋2015年10月にお茶の水アート・プロジェクション、アーティスト瀧健太郎氏による映像作品『Tea Corner』の企画運営を実施した。小規模なプロジェクトであったが、街なかでのアートシーンに新たな展開を期待できるものになった。
tea corner

『Tea Corner』の記録映像はこちら(約2分)

街のなか、屋外でのプロジェクションといえば、最近ではプロジェクションマッピングを思い浮かべる人が多いかもしれないが、このレポートでの“プロジェクション”とはプロジェクター機材を使って画像や動画を投影する表現のことを指す。
 
さて、ここ東京都心においては、屋外で映像を見ることに特に驚きを感じることは少ないと思うが、実際に屋外でプロジェクションを行うことに関わってみると、気づかされることが多々あった。
様々な関係者への調整準備の他、機材を置く場所、機材を雨風から守ること、電源が必要なこと等々。
そんな目で屋外の映像を改めて意識してみると、見られる場所は駅ナカや商業ビルの壁面に設置されているモニターなど、意外と限定されていた。
個人の携帯端末でいつでもどこでも、という映像を見る側の感覚と違って、屋外のプロジェクションはそこまで簡単ではないことを実感した。テーマパークや東京駅のプロジェクションマッピングのような大規模なイベントの裏には大変な労力とそのための費用がかかっているということも。
プロジェクターの性能が向上しているとはいえ、規模が大きくなればなるほど必要経費が膨らむことは避けられない。
 
作品のクオリティや表現内容とそれにかかる費用の間でジレンマを抱えることは、アート・プロジェクションに限った話しではないが、この現代のテクノロジーの発展に左右される映像分野では特に悩ましい問題かもしれない。
こういった問題は日本だけに限ったことではないようだ。たとえばアメリカでのあるアート・フェスティバルも同様な課題に直面し、18年間も続けてきたフェスティバルを終了することにしたという。

DUMBO Arts Festival
ニューヨーク、ブルックリンのダンボ地区で開催されていたアート・フェスティバル。
1997年にアーティストの草の根活動から始まり、2014年まで18年間続いていた。

artprojection

画像:dumboartsfestival facebookより
マンハッタン・ブリッジの壁面からトンネルの中まで一続きで映像を投影したプロジェクションマッピングの様子


訪れた誰でも無料で参加でき、街全体がアートに染まる3日間。年々規模が大きくなり、20万人以上の訪問者で溢れるまでになり、意に添わないコマーシャル活動なしには成り立たなくなっていったという。それゆえ残念ながらこのフェスティバル自体は終わりにし、ダンボ地区でのアートコミュニティがフェスティバル期間だけではなく年間を通して活性化するようなサポートを再考することにしたようだ。

もちろんニューヨークの街なかでアート・プロジェクションを楽しめる機会は、他にも色々とあることだろう。同じマンハッタン・ブリッジを舞台に「ニューヨーク・フェスティバル・オブ・ライト」※ が2014年の11月6日から8日の3日間開催され、予想以上の人で溢れたという。今年2016年に2回目がさらにパワーアップして開催される予定だ。

※「フェスティバル・オブ・ライト」はドイツベルリンでは2004年から開催されており、他にシドニー、リヨン、ゲントなど世界各地で開催されている。
 
もう一つ、アメリカはミネソタ州のアート・フェスティバルを紹介したい。
Northern Spark
「ニュイ・ブランシュ(白夜祭)」をモデルに、ミネアポリス/セントポールで2011年から開催されているオールナイトのアート・フェスティバル。
オーガナイザーはNorthern Lights.mnという非営利芸術団体。
年々来場者数、参加アーティスト、プロジェクトの数も増えているようだ。合わせて各年テーマを決めて運営している。
2016—2017年は「Climate Chaos | Climate Rising」というテーマを掲げ、COP21などでグローバルな問題として議論されている気候変動をとりあげる。2年にわたってこのテーマをめぐり、アーティストの新しいアイデアやクリエイティブなエネルギーを、市民が享受できるよう公共スペースを活用していくという。
この団体のウェブサイトではアーティストの言葉などとともにこのテーマに関する見解や調査内容が紹介されていることも興味深い。(参照ページ

artprojection

Luke Savisky, E/x MN, Mill Ruins Park and Gold Medal Silos, Northern Spark 2015. Photo: Ian Plant.
歴史的建造物へのプロジェクションの様子。
開催エリアの一つ、Mill Ruins Parkはミシシッピー川沿いにあり、小麦の製粉産業が盛んだった1870年代頃からの数々の遺構が残されている。


ウェブサイトにあるアルバムNorthern Spark’s albums|Flickrも充実しているので、眺めるだけでもアートの熱気が伝わってくる。

■「ニュイ・ブランシュ(白夜祭)」は2002年からパリで始まった一夜限りの現代アートの祭典で、世界中にネットワークを持ち様々な都市で開催されている。
例えばNuit Blanche Torontoトロントでの開催は2006年から始まり、徐々に規模が大きくなり(参加アーティストJRなど)近年は100万人の住人と20万人近い訪問者で賑わう。100万人というと隅田川の花火大会と同じくらいの人出だろうか。

日本でも京都市がパリの姉妹都市ということで、パリ市が行っているニュイ・ブランシュにあわせて2011年より毎秋開催している。隅田川の花火大会ほど一般に知られていないかもしれないが、映像アートを街なかで体験できる機会は増えてきている。

■「スマートイルミネーション横浜
同じく2011年より開催されている。横浜市が「新たな夜景の創造を試みるアートイベント」として、またその年の「3月に発生した東日本大震災を踏まえ、LED照明や太陽光発電など、これからの時代に不可欠となる省エネルギー技術の活用をテーマに」第1回が開催された。その後新たなテーマが加わり、エリアや作品数が拡大されながら続いている。参加体験型のインスタレーション、ワークショップや、歴史的建造物へのライトアップ、初回から参加しているアーティスト高橋匡太氏の作品などスケールの大きいアート・プロジェクションも見られる。

artprojection

たてもののおしばい『塔(クイーン)は歌う』髙橋匡太
「たてものに声と表情をあたえ、物語を生みだしていく作品。“クイーン”の名で称される歴史的建造物「横浜税関」が横浜への想いを込めて、来場者へ歌いかけます。」

artprojection

スマートイルミネーション横浜2015

artprojection

photo:Yasuyo Kudo

高橋氏は「六甲ミーツアート2015」や「あいちトリエンナーレ2013」など数々の芸術祭で、夜も楽しめるアートを登場させ、プロジェクションだけでなく様々な形で光を扱った作品を手がけている。

ところでここまでアート・フェスティバルや芸術祭といったイベントの中でのアート・プロジェクションを見てきたが、アート・プロジェクションをアート表現として取り組み、今やこの分野の大御所、クシシュトフ・ウディチコについて少し触れておきたい。

クシシュトフ・ウディチコ
1943年ポーランド生まれ。都市やそこに住む人々が抱える問題をテーマにした映像作品を公共空間や記念碑などに投影する「パブリック・プロジェクション」で知られる現代美術家。
ウディチコの日本で初めての「パブリック・プロジェクション」は1999年8月、広島の原爆ドーム前で行われた。このときウディチコは広島に住む被爆者、在日外国人など14人の証言者の原爆に関する発言を集め、声とともに彼らの手元だけを映像として原爆ドームの足下に投影するプロジェクトを行った。

artprojection

Krzysztof Wodiczko: Projection in Hiroshima
「プロジェクション・イン・ヒロシマ」
広島市ホームページ 特集「ヒロシマ賞」より


2001年横浜トリエンナーレに参加するなど、日本ともなじみ深く、今なお世界中で活躍している。
メキシコでの「ティファナ・プロジェクション」についてはソーシャリー・エンゲイジド・アート(SEA)のポータルサイトSEAリサーチラボ(プロジェクト紹介)を参照していただきたい。

アーティストが独自のアートワークとして街なかでプロジェクションを実行することは、冒頭に述べたとおり段取りや費用の面で非常にハードルが高い。一方で様々な関係者との協働が生まれる場にもなり、不特定多数の人々へ作品が届きやすいという面もある。ウディチコが取り組み始めた頃よりもプロジェクターはずっと小型化して性能も上がっているという。
ではここでもう一度「お茶の水アート・プロジェクション」を振り返ってみたい。

瀧健太郎『Tea Corner』
お茶の水での『Tea Corner』は小規模ながら「お茶の水アート・ピクニック」というイベントの中での、ある程度は条件が整えられた中で行ったプロジェクトであったが、大掛かりなプロジェクションではなくても内容によっては十分に街のなかでアートを伝えることができるという手応えを感じた。

瀧さんは、例えば絵画には丸や楕円など色々なフレームがあるのと同じように、映像も四角いスクリーンの中だけではない表現方法があるのではないかと、ヴィデオというメディウムでの表現の可能性を探りながら活動を続けている。今回のプロジェクションでも四角いまま映像を投影するのではなく、ビルのコーナーに三角形に投影された作品であった。気がついてみると普段は三角形の映像を見る機会などなく新鮮な体験で、この発想の軽やかさがアーティストならではなのだと改めて感じ入った。それは奇をてらうこととは違って、街の歴史と空間を読み込むことによって生み出された作品はビルと街に見事に溶け合い、通りを行き交う人々がふと足を止めて一時を過ごす、その風景もまた印象深いプロジェクトであった。

瀧さんに街へ出るきっかけをお聞きしたところ、ヴィデオアート作品は鑑賞に時間を要するという性質もあり、美術館などへ足を運ぶ人の中でさえ鑑賞者が少ないらしく、もっと多くの人に作品を見てもらうにはどうすれば良いのかを考えるようなったということで、このお茶の水以前に阿佐ヶ谷や神楽坂の街などでも多彩な企画を行っている。

videopromenade-asagaya2015

「ヴィデオアート・プロムナードin阿佐ヶ谷wall to wall」
2015年2月20日(金)21(土)22(日)+27日(金)・28日(土)・3月1日に開催された。
[参加アーティスト] 浜崎 亮太 Ryota HAMASAKI / 韓 成南 Sung Nam HAN / 河合 政之 Masayuki KAWAI / 中嶋 興 Ko NAKAJIMA / 西山 修平 Shuhei NISHIYAMA / 瀧 健太郎 Kentaro TAKI / 山本 圭吾 Keigo YAMAMOTO ほかand more….
「住居や店舗や駐車場の一部といった街中の何気ない場所が、普段とは違う一時的なスクリーンやアートスペースに変わり、東京の都市空間の面白さや特異性を発見しながら、路上から世界に文化を発信してゆければと考えました。ヴィデオアートのパイオニア的な作品からアクティヴな新進の作品に至るヴィデオ・アーティストを紹介します。」

また昨秋2015年9月から都内の各所で開催されている「Interdisciplinary Art Festival Tokyo 15/16」という“分野横断的な”アートを紹介するイベントにも参加している。そこでの試みは『Tea Corner』とは全く別の手法で、渋谷にある会場からプロジェクターを抱えて街へ出ていき、会場のダンサー(踊り子)の映像を渋谷の街のあちこちに(ビルの窓や電柱やマンホール、人の背中などなどに)プロジェクションするという、反感を恐れずに積極的に無関係の人をも巻き込んでいこうとするパフォーマンスだった。

artprojection, taki

モバイル・プロジェクション・パフォーマンス
“V-climbing Highlines”
photo by Miyuki Iwasaki

artprojection, taki

渋谷の街なかから会場へ戻ってきた映写技師
photo: 筆者

これらの映像記録は瀧さんのウェブサイトKentaro TAKI official websiteで見ることができる。

この先、街のなかでアート・プロジェクションを見る機会は増えていくだろうか?バッテリーについても技術の開発が進んでいるらしいので、これまで電源を確保しにくかった場所においてもプロジェクションが可能になっていくかもしれない。いきなり壁に大きな映像を登場させ、電源を落とせば一瞬で消えるという映像表現の瞬発力には、アートを享受する人の幅、層を広げていく可能性がまだまだあるように思える。アーティストの活躍に期待すると同時にそのためのコラボレーターとの協働や、コーディネーターとしてのアート団体の役割ということに注目することも大切ではないだろうか。

(文:川口明日香)

川口明日香(Asuka Kawaguchi)
2011年11月よりNPO法人アート&ソサイエティ研究センター(A&S)で主にP+ARCHIVE事業のスタッフとして活動。2013年からA&Sのお茶の水でのアーティストによるイベント等開催の企画運営にも携わる。日本女子大学人間社会学部文化学科卒。

| |

アート・アーカイブの便利帖

アート&ソサイエティが編集したアートアーカイブの便利帖

アート・アーカイブの便利帖
アート・プロジェクトをアーカイブするために知りたいこと

『アート・アーカイブの便利帖』は、活動の記録を整理・活用し、アーカイブするために役立つアプローチや手法を紹介した入門書です。これからアーカイブに取り組もうとするときに、本書を読むことで、そのポイントや手順を確認することができます。

【目次】
はじめに
アーカイブするシ・く・み
タイプ別自己診断
便利帖の進め方
バイタル・レコード
ベーシック・テクニック
アーカイブするヒント
アーカイブ便利リスト
索引

(A5カラー、32ページ)

ご希望の方はP+ARCHIVEウェブサイトよりお申し込みください。

Art & Society Research Center

| |

「MS&ADみんなの地球プロジェクト」ロゴマーク制作プロジェクト
 — グランプリ受賞作品の発表 —

グループ社員4万人が1票を投じる「MS&ADみんなの地球プロジェクト」のロゴマークコンペティション。約一ヶ月に渡るWEB投票期間を終え、グランプリ受賞作品がついに決定しました。

グランプリ受賞作品
namiki
namikiall

グランプリを受賞したのはA案の「地球の未来をみんなでつくる」です。まずは制作者の喜びの声を紹介します。「この度は、栄えある賞をいただきまして、誠にありがとうございます。ご担当者の方と打ち合わせする中ですぐ頭に思い浮かんだのが「地球の未来をみんなでつくる」というコンセプト。
シンボルマークはパズルの世界地図をベースに制作。一人ひとりが行動することが大事だということ。最後のピースを人型にすることで、一人ひとりのエコ活動の大事さ、みんなで未来の地球をつくることを表現しました。
今後、地球の未来のための社会づくりの一助となれば幸いです。 」

A案は投票前に開催された講評会と審査会でもひときわ推す声が多かった作品です。受賞のコメントにもあるように、オレンジ色の人型パズルピースに込めた、「一人ひとりの力が世界を変えるのだ」というデザイナーの想いが、プロジェクトを推進するスタッフや支援する社員の共感を呼び、グランプリ受賞へと繋がったのではないでしょうか。

最終選考に残った2作品
最終選考に残りながら、僅差で受賞を逃したのがB案「愛らしいキャラクターが人を地球を結ぶ“エコ親善大使”」とC案「MS&ADが自然環境をつくっていく」です。

B案は親しみやすいキャラクターを前面に押し出した、楽しいロゴマークです。ロゴタイプ「みんなの地球」には人を表現した書体を使用するなど遊び心を感じさせます。

C案は、社名のアルファベット(MS AD)を組み合わせて、自然と人を表現したダイナミックな作品です。色もあえてコーポレートカラーの一色のみで抑えることで、要素の多い構成をすっきりと仕上げています。

namiki2
namiki2all
sekigawa
sekigawaall

A&Sが推薦した3名のクリエイター
グランプリ受賞作品A案と作品B案を考案したのがクリエイターの並木学さん。おむすび(omsb)という一風変わった社名のデザイン会社の代表であり、飲食、不動産、官公庁など幅広いジャンルの販売促進に関わる制作を手掛けています。ポスターやチラシはもとより、CI・VIも得意とする、今回起用した3名の中では最も実績のあるクリエーターです。http://omsb.info/

作品C案をデザインしたのがアーティストの関川航平さんです。現在、大分県別府市の「清島アパート」に滞在しており、BEPPU PROJECTに参加しています。コンペにも遠方からの参加となりました。アーティストとして幅広いジャンルで作品を発表し続ける傍ら、自身の展覧会のポスターやチラシ、ロゴタイプなども手掛けるなど多彩な才能を持ったアーティストです。http://ksekigawa0528.wix.com/sekigawa-works

最後に、最終選考の3案には惜しくも残ることができませんでしたが、果敢に挑戦してくれたクリエイター宇佐美窓里さんを紹介します。普段は待ち受け画面や販促バナー、ゲームアプリのデザイン制作を担当。今回推薦したクリエーターの中で唯一の女性です。最年少ということもあり、期待される中で、シンプルだけど一度見たら忘れない、記憶に残る作品を仕上げてくれました。

usamiall

NPO法人アート&ソサイエティ研究センターのミッションの一つに、若手クリエイターの支援があります。今回はクリエイターと企業を結ぶ一助を担いましたが、推薦した3名が、今回のコンペをステップに、さらに活躍の場を広げて行くことを願っています。また、ロゴマークのテーマが「環境・社会貢献活動」であること、グループ社員によるWEB投票でグランプリを決定する参加型プロセスであることにも注目しました。地域や社会的課題に社員一人ひとりが向き合い参加する「MS&ADみんなの地球プロジェクト」。グランプリを受賞したロゴマークが、地域との深まりや社員同士の結び付きを高める象徴として、大きく育つことを期待しています。

| |

「MS&ADみんなの地球プロジェクト」ロゴマーク制作プロジェクト進行中

 若手デザイナーを起用した、社員参加型で決定するロゴマークのデザインコンペが進行中です。第1フェーズの「MS&ADみんなの地球プロジェクト」グループ各社の事務局メンバーによる審査会を終え、全グループ社員による最終投票に向けて、準備を進めています。

 今回募集したのはMS&ADインシュアランス グループが推進する「MS&ADみんなの地球プロジェクト」のロゴマーク。MS&ADインシュアランス グループの社員一人ひとりが、全国の拠点で地域のニーズに合わせた環境・社会貢献活動を実施し、課題解決に向けての取り組みを行っています。活動を推進するために策定したマネジメントシステムが「MS&ADみんなの地球プロジェクト」です。プロジェクトの更なる社内的認知度の向上を目指し、またMS&ADグループ融和のシンボルとして、若手デザイナーを起用したロゴマーク制作コンペを実施することになりました。

 NPO法人アート&ソサイエティ研究センターは若手アーティストやデザイナーを支援することをミッションの一つとして掲げています。これまでも自治体や民間企業と連携して芸術文化プロジェクトに若手アーティストを起用してきました。そんな実績といままで培ったネットワークから、「MS&ADみんなの地球プロジェクト」に起用する若手デザイナーの選定を任され、複数名を推薦。候補者の中から選ばれた3名のデザイナーが、ロゴマークコンペに挑みました。約2ヶ月の制作期間を経て、提案されたのは、デザイナー3名が各々の持ち味を発揮したバラエティに富む9作品でした。

応募作品の一部。自然環境を意識したデザインが目立った。

応募作品の一部。自然環境を意識したデザインが目立った。

事務局長による審査会。協議、投票の前にロゴマークの選定における留意点について説明する。

事務局メンバーによる審査会。協議、投票の前にロゴマークの選定における留意点について説明する。

各ロゴマークの説明を終え、パネルを並べて比較しながら細部を確認。

各ロゴマークの説明を終え、パネルを並べて比較しながら細部を確認。


 全グループ社員による最終投票に先立ち、9月17日に「MS&ADみんなの地球プロジェクト」グループ各社の事務局メンバーによる審査会が開催されました。ここで社員投票に掛けられる最終案3案が決定します。「誰に向けて」「どのような用途で」「どんな目的をもって」使用するロゴマークになるのか。主観や感覚だけに任せて選ぶのではなく、各ロゴマークが持つ主張やコンセプトを加味し、独自性や類似性、媒体に掲載する際の注意点などさまざまな角度から活発な意見が交わされました。「MS&ADみんなの地球プロジェクト」がどんなロゴマークであればより社内で認知され、活動が浸透するのか。審査会に参加したメンバー一人ひとりが作品と向き合い、迷いながらも、自分が推すロゴマークに票を投じ、投票の結果、最終案3案が決定しました。
 
 いよいよ10月7日からグループ社員4万人による投票が社内のWEBサイトを活用して1カ月にわたり展開されます。3案のうち、はたしてどのロゴマークがグランプリに選ばれるのか?グランプリに決定した作品は本WEBサイトでも公開しますので、ご期待ください!

応募作品を前に和やかな雰囲気の中、率直な意見交換が行われた。

応募作品を前に和やかな雰囲気の中、率直な意見交換が行われた。

| |

お茶の水アート・プロジェクション “Tea Corner”
 ー 映像アーティスト 瀧 健太郎 ー

お茶の水駅前ビル壁面に映像アートが登場!
A&Sではアーティスト瀧健太郎氏をお招きして、今年の秋もお茶の水アートピクニックに参加します。
今回はアーティストが「お茶の水アートピクニック」エリアを歩いた印象をもとに制作された映像作品が、
秋の夕刻のひととき、商店街のビルの壁をスクリーンに投影されます。乞うご期待!

アーティストスケッチ

企画案 by Kentaro Taki

概要

アーティスト:瀧 健太郎

開催場所:お茶の水茗渓通り商店街 瀬川ビルディング東側壁面
   (一階は丸善書店、JRお茶の水駅 聖橋口よりすぐ)
日  程:2015年10月9日(金)・10日(土)
時  間:夕方日没後 17:30~20:30投影予定 ※小雨決行

企画運営:第12回お茶の水アートピクニック実行委員会、NPO法人アート&ソサイエティ研究センター
主  催:お茶の水茗渓通り会
協  力:株式会社昌平不動産総合研究所
     お茶の水サンクレール
     レモン画翠

oap_logo

フライヤー(PDF)のダウンロード

お問い合せ先

特定非営利活動法人アート&ソサイエティ研究センター
Email: info@art-society.com

アーティスト プロフィール

瀧 健太郎 (Kentaro Taki)

1973年大阪生まれ。武蔵野美術大学大学院映像コース修了。2002年文化庁派遣芸術家研修員、2003年ポーラ美術振興財団の研修員として、ドイツ・カールスルーエ造形専科大でメディアアートを学ぶ。コラージュやカットアップの手法を多用し、メディアや都市空間が体系的に持つ記号・ 暗号・慣例・コードを読み違えて、書き換えを行なうようなビデオアート作品を手掛けている。
国内展、海外展でパフォーマンス、上映多数。受賞多数。シンポジウム、レクチャー など多数参加。教育活動として武蔵野美術大学建築学科・映像学科非常勤講師、目白大学メディア表現学科非常勤講師。
www.takiscope.jp
www.vctokyo.org

| |

SEA アイディア・マラソン2015 ドキュメンテーション

SEA記録集表紙

2015年3月15日に開催した「SEA(Socially Engaged Art)アイディア・マラソン 日本発 社会派アートの進行形を考える」の記録集です。

「SEAアイディア・マラソン」は、2014年11月に開催した「リビング・アズ・フォーム」展の関連として企画されました。
公募で選ばれた14組のプレゼンターが、地域の課題や社会問題をテーマにアート・プロジェクトのアイディアを発表し、その中から優秀なアイディアが講評者とオーディエンスの投票によって選ばれました。本記録集には14組すべての発表内容と講評者による考察が収録され、英文とともに紹介されています。

ご希望の方はこちらのフォームよりお申し込みください。

Art & Society Research Center

| |

現代アートが、千三百年の伝統と結ばれた。
公開空地プロジェクト2015 プロジェクトレポート

神田明神に奉納された「ハートフレーム」の基調色光:朱赤。 「♥」の赤でありながらも、神社建築の基本伝統色に馴染む色調である。

神田明神に奉納された「ハートフレーム」の基調色光:朱赤。
「♥」の赤でありながらも、神社建築の基本伝統色に馴染む色調である。


■ 現代アートが日本伝統の「習慣」、「場」と“engaged(エンゲイジド)”した日
2015年5月19日火曜日、大安。神田明神。
朝のうちぱらついていた小雨が止み、午後には、時折晴れ間ものぞく天気となった。今年の2月2日から3月14日の間、お茶の水駅前「お茶の水サンクレール」で行われた公開空地プロジェクトで誕生した作品“Heart Light Go-round(ハートライトゴーランド)”が、この日、化粧直しも整い、「ハートフレーム」となって境内に恒久設置され、「奉納式」を迎えた。今年で6回目となる同プロジェクトのエンドストーリーは、東京―神田、日本橋、秋葉原、大手町・丸の内など108の町々の総氏神様である神田明神(神田神社)への奉納、という、まさに、アートが、地域の歴史・伝統・営みと“engaged(エンゲイジド)”する「結び」となった。
神田明神というと、江戸東京に鎮座して1300年近くの歴史をもつ江戸総鎮守の神社である。毎年、初詣の時期には、約30万人もの参拝客で賑わい、都内でも有数の初詣スポットのひとつとして知られているほか、秋葉原に近い、という立地特性から、最近ではアニメの「聖地」化、という現象も起きている。余談ではあるが、奉納式当日、我々の前の奉納者は、「妖怪ウォッチ」の関係者で、「ジバニャン」と「コマさん」の着ぐるみたちが神妙な面持ち?で祝詞に頭を垂れる姿は、なんともユニークな光景であった。
さて、奉納式は、奉納者、協賛社参列のもと、社殿内にて、神職が打つ太鼓の音とともに始まった。祝言葉奏上、お祓い、祝詞奏上、福鈴の儀、玉串奉奠(たまぐしほうでん)、権宮司様ご挨拶、と厳かに続き、約30分間の式で無事に終了、続いて、「ハートフレーム」前でのお祓いの義が執り行われた。作品を前に、奉賛者、関係者一同参列し、神職によるお祓いの後、今回の移設・奉納で大変お世話になった権禰宜(ごんねぎ)様による清め払いが行われ、お清め紙がちらちらと舞う中、点灯式となった。残念ながら、周囲の明るさのせいで、ハートフレームの光はよく見えなかったが、ホワイトグレーに「お色直し」をした作品は、神田明神境内で、新たな時の“Go-round”へと、無事に出帆した。以下、奉納式での権宮司様ご挨拶の言葉からの引用である。
「その(制作・奉納に携わられたみな様の)真心とともに、この素晴らしい作品が、末永く多くの人から愛される作品となり、そして、多くの人々の祈りを、神様へ通じるその仲取り持ちとしての役割を、これから果たしていただくべく、ご活躍をいただきたいと思っております。」
今回の奉納の意義は、まさに、この言葉の中にあるのではないか、と、私は感じた。そして、新たな光が灯ったその瞬間は、アーティスト志喜屋徹氏が、西洋的な文脈の「バレンタインデー」と「♥」を、日本伝統の文脈にのっとった表現に重ねて誕生させた現代アートが、そのモチーフとなった「結ぶ」表現の「素」の姿に原点回帰し、地域社会と、末永く“engaged(エンゲイジド)”した瞬間でもあった。

左)社殿内で行われた奉納式の様子。神職から玉串を授かる奉賛代表者三名。手前より、工藤代表理事、志喜屋氏、新井。右)ハートフレーム前で行われたお祓いの義の様子。

左)社殿内で行われた奉納式の様子。神職から玉串を授かる奉賛代表者三名。手前より、工藤代表理事、志喜屋氏、新井。右)ハートフレーム前で行われたお祓いの義の様子。

奉納式翌日の「ハートフレーム」。既に、おみくじや絵馬が結ばれはじめている。

奉納式翌日の「ハートフレーム」。既に、おみくじや絵馬が結ばれはじめている。


「おみくじ結び」におみくじを結ぶ参拝客。 日本伝統の習慣。

「おみくじ結び」におみくじを結ぶ参拝客。
日本伝統の習慣。

■「奉納」への道筋 3つの「思い」のエピソード
奉納から早くも1ヶ月が過ぎ、紫陽花の咲く季節となった。「ハートフレーム」は、まるで以前からその場にあったかのように、自然に境内の風景に馴染んで、既に沢山のおみくじや絵馬が結ばれている。
何故、このように、初めから、最後に収まるべき「場」が用意されていたかのような「流れ」になったのか、今もって、とても不思議に感じるのだが、このような「流れ」と「結果」が生まれたバックグラウンドには、三つの柱となる「思い」のエピソードがあった、と、今振り返ってみて思えるのだ。その3つについて、ご紹介したい。

奉納式から約2週間後の様子。既に、おみくじでいっぱいである。奉賛者銘板の取り付けも完了。

奉納式から約2週間後の様子。既に、おみくじでいっぱいである。奉賛者銘板の取り付けも完了。

【思いを形にする。】
『参加者が、「思い思い」をメッセージに書いて、参加していく形にしました。みんな表現者なんですね。思いを形にする、表現することで、自分を理解することもできると思うし、人に伝わっていく。思いが形になる世界になると良いなと思いました。』(プロジェクト記録ムービー撮影時の、志喜屋徹氏へのインタヴュートークからの引用。以下、『』内テキストは、インタヴュートークより。)
 時を、2015年1月に遡る。
NPO法人アート&ソサイエティ研究センターの工藤安代代表理事は、今回のプロジェクトが、バレンタインデーからホワイトデー期間の販促催事にからめて行われる、という特性から、『「大切な人への想い」を表せるようなアートを仕掛けたい』、と、考えていた。そこで、相談を持ちかけたのが、2012年の公開空地プロジェクト「ニコニコ来来ドーム」で黄色いビニール傘を素材に、参加型作品を制作したアーティスト、志喜屋徹氏であった。志喜屋氏は、私たちの暮らしのごく身近にある、もともと消費され廃棄される運命のもとに生まれてきた(生産・製造された)モノたちに、普遍的なアートの命を注ぐ、という、言わば、「モノの価値概念」の位相転換を生み出す作風を得意としているアーティストで、大手広告代理店のアートディレクターという顔を持つ。彼が創案したプランは、
1)世界中で、国や文化を超えて親しまれている「愛(Love)」を表すシンボル「♥(ハート)」を、ビジュアルシンボルにする。
2)トランプの「♥」のカードを、願い事を書く「短冊」や「絵馬」に見立て、そこに、参加者(来街者)各々が「愛」を言葉にして書く。(愛のメッセージを集める)
3)言葉として、可視化された「愛」や「想い」を「結ぶ」「場」を広場空間につくる。
4)「光」を、メッセージ性のある感覚的なエレメントとして用いる。
5)「♥」のカードが抜かれたトランプによる造形作品を、“Heart Light Go-round(ハートライトゴーランド)”の内部と、通路空間にインスタレーションする。
という、5つのレイヤーで構成されたプランであった。日本伝統の習慣にのっとった「結ぶ」という行為によって、参加者自身が表現者となり、その表現の集積(時の経過と表現の集積性)によって作品が初めて完成する、というプランである。
かくして、工藤安代代表理事の思いに、志喜屋徹氏の思いが重なり、プロジェクトは「カタチ」を成し始めていた。その後、2月2日から3月14日の間、「公開空地プロジェクト2015」がどのように推移したか、については、本サイトで公開されているダイジェストムービーを、是非、ご参考いただきたい。

shikiya

メッセージ

ハートカード

【「思い」プラスちょっとの行動。】
 私は、今回のプロジェクトに、「五感演出プロデュース」という役どころで参加させていただいた。プロジェクトの制作ディレクションと、ハートフレームの製作、光・音の演出プロデュースである。今までに何度か、他の企画でプロジェクトを共にしている志喜屋徹氏から相談を受けたのが、今年の年明け早々。プロジェクトのオープン予定日まで、既に1ヶ月を切っていた!1月6日に初打ち合わせをし、その後1月31日、2月1日の設置とオープン後の調整に至る怒涛の日々は、今思うと懐かしくさえ感じられるが、そんなミラクルを実現させたのも、「思いの結集」と「行動」であったことは間違いない。ライティングプログラムを担当したLighting Roots Factory代表、松本大輔氏の言葉である。『「思い」プラスちょっとの行動が、物凄いものを作っていくんだな、ということを実感できる41日間でした。』

「記憶の中で、いつかふと目覚めるような感覚風景」をつくることを目指して、音とシンクロするように回り続けた光跡は、3月14日の夜、11時に消えた。いつか、誰かの記憶の中で、再び回りだすことを夢見て。そして、プロジェクトの第一章は、約1500ものメッセージカード(♥のトランプ)を集め、惜しまれながら終了した。サイトスペシフィックなアートインスタレーションに、参加者・来街者の「愛」と「想い」のメッセージと、光・音という「タイムフレーム」を乗せて、プロジェクトは、ハートフルな「時空間芸術」へと昇華した。

左)2月2日~2月14日、バレンタインデー期間の、赤い色光によるライティング。フレーム内部のオブジェの光は、心臓(Heart)の鼓動のように、ゆっくりと明滅する。ハート型フレームのライン状の光は、4つの「♥」のアウトラインにより構成され、全期間を通じて、「♥」が、1ライン点灯(ひとつの「♥」ラインが光る)、チェイス(ひとつの「♥」ラインが回転するように光る)、全点灯明滅(4つの「♥」ラインが全体で光り、ゆっくり明滅する)という発光パターンの組み合わせで、「シーン」が演出された。 右)2月15日~3月14日、ホワイトデー期間の、青と赤の色光によるライティング。ハート型フレームのライン状の光は、特殊な樹脂製導光棒に、LEDライトの光を当て、「面発光」の光のラインを作り出している。また、プロジェクト期間中、公開空地の作品周辺、および、「お茶の水サンクレール」の通路エリアには、作曲家、高木潤氏によるオリジナルの音楽が流れ、「光と音が響き合う環境」がつくられた。

左)2月2日~2月14日、バレンタインデー期間の、赤い色光によるライティング。フレーム内部のオブジェの光は、心臓(Heart)の鼓動のように、ゆっくりと明滅する。ハート型フレームのライン状の光は、4つの「♥」のアウトラインにより構成され、全期間を通じて、「♥」が、1ライン点灯(ひとつの「♥」ラインが光る)、チェイス(ひとつの「♥」ラインが回転するように光る)、全点灯明滅(4つの「♥」ラインが全体で光り、ゆっくり明滅する)という発光パターンの組み合わせで、「シーン」が演出された。
右)2月15日~3月14日、ホワイトデー期間の、青と赤の色光によるライティング。ハート型フレームのライン状の光は、特殊な樹脂製導光棒に、LEDライトの光を当て、「面発光」の光のラインを作り出している。また、プロジェクト期間中、公開空地の作品周辺、および、「お茶の水サンクレール」の通路エリアには、作曲家、高木潤氏によるオリジナルの音楽が流れ、「光と音が響き合う環境」がつくられた。

左) ハート型フレームに取り付けられた、音が鳴る仕掛け(「音具」)。幼児用玩具「ガラガラ」を素材に用い、風が吹いたり、フレームが揺れると、どこか懐かしい印象の音が聞こえてくる。右) 通路空間に展示された作品「光を求めてⅡ」の前で、色光による影の出具合を確認する志喜屋氏。

左) ハート型フレームに取り付けられた、音が鳴る仕掛け(「音具」)。幼児用玩具「ガラガラ」を素材に用い、風が吹いたり、フレームが揺れると、どこか懐かしい印象の音が聞こえてくる。右) 通路空間に展示された作品「光を求めてⅡ」の前で、色光による影の出具合を確認する志喜屋氏。

【「思い」を重ね、未来へ、結ぶ。】
『この(公開空地)プロジェクトの大きな特色というのは、その場所で一度終了しても、また違う場所に移って、形を少し変えて、生き続ける、ということだと思います。…(中略)…クリエーターの方たちの熱い思いが重なり、このプロジェクトは、最初のシナリオ通りではなく、良い意味で、育っていったのではないか、…』(工藤代表理事)
 テンポラリーな公開空地プロジェクトの中で生まれた「思い」をパーマネントに「生き続けさせたい!」そんな純粋な思いと願いが重なり、“Heart Light Go-round(ハートライトゴーランド)”の「永住の地」探しが始まった。その第一目標は、神田明神。工藤代表理事は、お茶の水茗溪商店街会長をはじめ、公開空地プロジェクトでのご縁をたどり、交渉に奔走した。「お茶の水サンクレール」では、3月14日の終了から5月18日早朝の移設当日まで、約2ヶ月間、地下駐車場で作品を保管していただいた。
シナリオにはなかった「奉納」というエンドストーリーは、制作者の思いと、プロジェクトを支えてくださった方々の思いが重なり、強い願いとなって、神田明神に通じた。まさに「結ばれた」結果なのだ。どこか、恋愛、そして結婚へのプロセスに似ている、と思うのは、私だけだろうか?「奉納式」は、今回のプロジェクトで生まれた現代アート作品と地域社会との「結婚式」だったのではないか。今、振り返ってみて、そんな風に感じるのである。

プロジェクト終了後、回収され、NPO法人アート&ソサイエティ研究センターにて一時保管されたトランプのメッセージカード。約1500枚ものメッセージが集まった。

プロジェクト終了後、回収され、NPO法人アート&ソサイエティ研究センターにて一時保管されたトランプのメッセージカード。約1500枚ものメッセージが集まった。

聖橋から神田方面を望む。目には見えない、耳には聞こえない多くの「愛」と「思い」のメッセージが、どれほど眠っているのだろうか。

聖橋から神田方面を望む。目には見えない、耳には聞こえない多くの「愛」と「思い」のメッセージが、どれほど眠っているのだろうか。

神田明神社殿前の提灯。伝統の灯である。

神田明神社殿前の提灯。伝統の灯である。


6月4日木曜日、先負。神田明神。プロジェクト記録ムービー撮影最終日、夜8時。
「ハートフレーム」の光は、社殿の灯や「献灯」のぼんぼりの灯を背景に、奉納用に新たにプログラムされた光(神職・巫女の装束の色をモチーフにした色光構成)をまとって、静かに佇んでいた。志喜屋氏、松本氏とおみくじを引いた。何と、志喜屋氏に続いて私も、引いたおみくじを「ハートフレーム」に結ぼうとしたら、おみくじが切れたのだ!奉納後初、しかも奉納当事者のおみくじが切れる、という縁起悪い事態に動揺したが、気を取り直してもう一度引き直し、2度目は首尾よく結ぶことができた。ちなみに、おみくじは、志喜屋氏の一度目が「末吉」、二度目が「大吉」、私の一度目が「末吉」、二度目が「小吉」で、どちらも二度目に「吉度」が上がる、という結果になった。松本氏も「末吉」だったことからすると、先んずることなく、怠らず、思いを重ねよ、ということか。

新たに灯った「ハートフレーム」の光。神田明神1300年の歴史・伝統と現代とのマリアージュである。

新たに灯った「ハートフレーム」の光。神田明神1300年の歴史・伝統と現代とのマリアージュである。


■プロジェクトを振り返って
『これだけ街ゆく人たちの心の中に、様々な「思い」、しかも、大切に思う人への「思い」や「愛」という感情があるんだな、ということを実感しました。』(工藤代表理事)

私も同感である。今まで気づかなかった、ごく「身近な愛」と、「誰かに伝えたい思い」の存在に、気づかせてくれた。そして、「ハートフレーム」は、神田明神の境内で、そのような「愛」や「思い」を「結ぶ」フレームとして、末永く親しまれる存在になった。

神田明神「ハートフレーム」の基調色光:白。(朱赤と対を成す) 神職・巫女装束の基本色。(ベーシックであり、かつ、高位の色)

神田明神「ハートフレーム」の基調色光:白。(朱赤と対を成す)
神職・巫女装束の基本色。(ベーシックであり、かつ、高位の色)


このレポートを終えるにあたって、プロジェクトの企画段階から奉納に至る全てのプロセスにおいて、「アーティスト」、あるいは、「クリエーター」という立場で関わった私たちの「思い」を、いつも真摯に受け止めてくださり、そして、そこにご自身の「思い」を重ねて、目指す目標へとナビゲートしてくださったNPO法人アート&ソサイエティ研究センター工藤安代代表理事に、この場をお借りして、心から感謝の意を表したい。

(文:新井敦夫)

新井敦夫(Atsuo Arai)
五感演出プロデューサー。1960年、東京生まれ。音環境デザインのプランナー・プロデューサーを経て、音、光、香り等、五感の相乗効果を活かした環境演出・デザインや、東関東大震災復興応援のためのソーシャルアートの企画・プロデュース、自然エネルギーとアートでつくるイルミネーションの企画制作、等に取り組んでいる。東京メトロ南北線「発車サイン音」のデザイン・ディレクション、高松シンボルタワー「時報」、および、「風のサヌカイトフォン」(讃岐地方に産出する『サヌカイト』という石を用いた音と造形のパブリックアート)の企画・プロデュース等、実績多数。
「シネステティック・デザイン(五感にひびき『感覚の味わい』を生み出すアート&デザイン)」をテーマにした研究・創造活動組織「SORA Synesthetic Design Studio(SORA SDS)」代表。
https://ja-jp.facebook.com/SORA.SDS

| |

公開空地2015”Heart Light Go-round”の『ハートフレーム』と
1500枚の『メッセージカード』が神田明神に、奉納されました!

公開空地2015”Heart Light Go-round”はバレンタインとホワイトデーのプロジェクトとして「Love」をテーマに展開されました。
LED照明で彩られたハートフレーム。その中で揺れるトランプのオブジェ。そこに参加者が各々の想いをトランプに綴り、愛する人へのメッセージカードとしてハートフレームに結ぶ。そんな参加者一人一人の想いと共に完成された”Heart Light Go-round”プロジェクトは3月14日のホワイトデーを最後に惜しまれつつ、終了しました。
0214_0001
41日間、灯り続けたハートの光は、人々の記憶の中にも光跡を刻んだことでしょう。
そして、そのハートの光が、5月19日に1300年の歴史と伝統のある神田明神にて再び灯ります。
IMG_5912
「LOVE結び」のシンボルとなったハートフレームは、おみくじや絵馬を結ぶフレームとして、末永く親しんでもらえるよう、神田明神に恒久的に移設されました。
5月19日の奉納式の様子や奉納に至るまでのエピソードを綴ったレポートは後日、本HPにて公開する予定ですので、ご期待ください。
奉納されたハートフレームが「恋愛成就祈願」の新しいシンボルとして、「LOVEパワースポット」として、みなさまの想いを未来に結んでいけたらと願っております。

150522神田明神

| |