ART & SOCIETY RESERCH CENTER

P+ARCHIVE

2019.01.24

レポート|東京都写真美術館

募集後すぐに定員に達し、高い関心を集めた「アーカイブ・ツアー」の第1回目は、11月25日に東京都写真美術館(以下、文中ではTOP)を訪問しました。

日本初の写真と映像の総合美術館

まずは、学芸員の関次(せきじ)和子さんより美術館の活動をレクチャーしていただきました。日本で初の写真・映像の総合美術館として1995年1月に開館し、3つの展示室で年間約20本の展覧会を開催、1階ホールでは映像作品を上映しています。また、教育普及プログラムにも力を入れ、ワークショップやスクールプログラムなどをボランティアの協力で実施、インターンの指導育成などもしています。
作品だけでなく映像作品の再生機器も対象とする収蔵作品は35,000点を超え、その収集の基本方針はウェブサイトにも公開しています。収蔵作品についてはコレクション検索ページから検索可能で、一部の作品は画像の閲覧もできます。収蔵庫は、媒体ごとに温度は5〜20℃、相対湿度は50%に保つように空調管理が徹底されています。

レクチャー中の関次さん

大規模改修工事に伴う収蔵品の引っ越し

2年かけた大規模改修工事を経て、2016年9月にリニューアル・オープンしたことは記憶に新しいところですが、工事に伴う収蔵品の移動は大変だったと関次さんは語ります。

「耐震工事だけでなく、老朽化した収蔵庫や展示室の空調設備を交換する工事がありました。空調が止まる間、収蔵品約34,000点(改装工事時点)を外部の倉庫に預けたのですが、搬出に半年、工事後の搬入に半年かけました。点数が多いことはもちろん、写真や映像作品は外部の環境にとても敏感なので、輸送には細心の注意をはらって行いました。」

写真・映像作品の保存方法は、保存科学研究室で研究されています。館内での展示や他館への貸出も重要なミッションであり、展示時に素材によって照明の照度を決めるなど、適切な保存と展示方法のための研究が欠かせません。

色々な入り口から蔵書に案内

続いて図書室を司書の来代(きただい)紀子さんにご案内いただきました。写真や映像に特化した専門的な蔵書は研究者の利用も多く、参加者にも利用経験のある方がいました。

図書室前で解説する来代さん

「当館のウェブサイトの蔵書検索は、国立情報学研究所(NII)が開発・運営している『総合目録データベース(NACSIS-CAT)[1]』に準拠した図書館システムを導入しています。様々な方々に蔵書を利用してもらうためにいろいろな入り口から案内したいと考えおり、現在では『美術図書館横断検索ALC [2]』や、『CiNii Books [3]』、『カーリル [4]』からも検索できるようになっています。閲覧室内には展覧会ごとに選書コーナーを作って関連書籍を紹介しているんです。」

展覧会に合わせて選書したコーナー

美術館のコレクションとしての書籍

書庫内に入ると、まず来代さんは参加者に蔵書を見せながら質問しました。

「この図書室の蔵書が他の図書館と違うところはどこでしょうか?その違いは、一般的な図書館ではカバーや帯は外す一方、ここではカバーや帯がついたままビニールで保護し蔵書しています。これは、書籍も美術館のコレクションの1つと捉え、発行された姿のままで残す方針にしているんです。管理用バーコードだけは見返し部分に貼って検索できるようにしています。」

可動式の棚が設置された書庫内でも、特に写真雑誌が充実しています。日本の写真美術はギャラリーや美術館ではなく雑誌で発表されていた時期も長いため、貴重な研究資料として国内外から雑誌の利用に関する問い合わせが多いそうです。約3割が海外の資料であることも特徴で、スタッフ同士で相談しながら収集・購入していく蔵書数は設計当初に想定された上限10万冊に迫り、スペースの悩みは尽きないとのことでした。

写真美術館オリジナルの分類方法を考案

図書室では写真や映像に特化しているため、一般的な図書館で使用される『日本十進分類法(NDC) [5]』では一部の分類に集中してしまうことから、独自の分類に基づく請求記号を考案して管理しているそうです。

写真に関する資料には、頭に「Photography」 の「P」を付け、例えば、展覧会カタログには、P地域番号+開催館番号(国名+施設ごとの個別番号)+受入順の番号を、各作家の写真集には、P地域番号+作家番号(著者記号+受入順の番号)+受入順の番号(副本は、末尾に重複記号を入れて管理)を付与しているそうです。

棚には落下防止の対策がされていても、2011年の東日本大震災の時は余震の中で不安に感じながら落下した本を整理したエピソードも教えてくれました。
また、寄贈された本は、ドライクリーニング [6]を行い、防カビ、防虫が必要な場合は『モルデナイベ[7]』を使用して処置しています。このような内部作業で対処が難しいほど劣化した本や修繕が必要な場合は、外部に委託するそうです。

徹底した収蔵庫内の環境管理の工夫

その後、学芸員の遠藤みゆきさんに4階の収蔵庫をご案内いただきました。

「まず参加者のみなさんは靴を脱ぎ靴下で粘着シートの上を歩いてスリッパに履き替えてください。これは外部からの異物の侵入を防ぐために毎回必ずお願いしています。二重になった収蔵庫の扉とその手前にある前室の扉を同時に開けないなど、収蔵庫内への異物の侵入や温湿度の変化を抑えることには特に気をつけています。」

収蔵庫について解説する遠藤さん

2、3階には写真作品、4階には映像作品の収蔵庫があり、一部の大型作品は外部倉庫で保管しています。また地下には映像作品の再生機器などを保管する機材庫があります。遠藤さんの案内で4階の収蔵庫内を見学しました。

「常に一定の温湿度に保つように空調管理されている庫内は少しひんやりした印象を持つかもしれません。書庫と同じように落下防止柵を取り付けて地震対策をしていますが、海外の美術館と比べこのような対策は地震の多い日本ならではですね。」

多様な映像メディアの保存

4階収蔵庫には、60年代から現代に至るまでの映像作品と共に19世紀に始まる初期の映像技術に関する資料・装置も保管しています。フィルム、磁気テープ、光学ディスクなどメディア変遷も早くて種類が多いうえ、さらに再生機器が必要な映像作品のアーカイブ方法は多くの美術館でも模索されてきました。
特に映像フィルムは、専用の中性紙製の容器に入れ平置きで保管しています。劣化が進行し『ビネガーシンドローム[8]』が発生したフィルムは他の収蔵品への影響を避ける必要があります。近年に普及した媒体ではMini-DVテープは劣化が早いと言われ、対策が求められているそうです。

参考:映画フィルム保存箱 ベントボックス(資料保存器材ウェブサイトより

デジタルアーカイブの構築

保存研究を先進的に進めるTOPでは、収蔵作品をデジタル化してデータベース化するデジタルアーカイブの構築に取り組んできました。
映像作品はフィルムやデータなど媒体を問わず『オリジナル』に加え、鑑賞に適した『展示版』とデータの軽い『プレビュー版』を作成し、3バージョンでアーカイブをおこなっています。
他館の先行事例を参考にし、『LTO(Linear Tape-Open)[9]』にデータを保存しています。アーカイブに適していると言われているLTOもすでに次世代の規格が開発され、膨大な保存データを定期的にマイグレーション[10]していくなど、将来にわたって管理し続けることが求められています。

アーカイブを公開するために

最後に関次さんに参加者からの質問にお答えいただきました。

——美術館の予算の中で保存活動に占められる割合について
「保存活動にはおおよそ年間約1,500万円が充てられ、特に数年おきに劣化する保存容器の買い替えや展示用マットの作成などの購入費、展示室や収蔵庫内の環境を整える作業などが多くを占めています。」

——収蔵品以外に美術館自体の運営に関する資料について
「美術館ではスペースの確保には常に苦労しています。ですが、運営記録に関わる文書も重要なので、事務室内の棚や中間倉庫など限られたスペースに紙で整理・保管しています。」

——デジタルアーカイブの公開について
「将来的には構想されている『ジャパンサーチ』[11]と連携し公開していくことも視野に入れています。そこで大きな課題になるのはやはり権利処理の問題です。作家の許諾を得られた画像8,000点弱を公開できる準備ができていますが、合意を得るのが難しい場合など権利の都合で公開が難しい作品もあります。」

——写真や映像のデータベースの項目について
「国際標準で使用される項目を参考にしながら、再生機器の取り扱い方法や作者の経歴をリンクさせるなど、館内で活用しやすいように工夫しています。」

写真美術館のコレクション検索ページ

アーカイブ・ツアーを終えて

短い年月で技法が大きく変遷した繊細な写真と映像を専門とする東京都写真美術館だからこそ、お話を伺いながら保存に対する苦労を感じられました。写真作品におけるネガ原版とプリントの関係、映像作品におけるメディアと再生機器の関係など、作品単一だけでなく「何を保存していくのか」と考えながら取り組んでいることは絵画や彫刻とは異なる視点で印象的でした。
また、これからの時代に向けたデジタルアーカイブの取り組みは権利処理など課題がまだまだ多いかもしれませんが、所蔵する35,000点の貴重なコレクションに関する情報が世界に公開されることで、写真・映像文化の発展に大きな貢献となることが期待できました。
今回は写真・映像の保存研究の最前線に触れ、実際に活動している学芸員や司書の関次さん、来代さん、遠藤さんから直接お話を伺うことができた貴重な機会となりました。

(文:NPO法人アート&ソサイエティ研究センター 井出竜郎)


東京都写真美術館 Tokyo Photographic Art Museum
〒153-0062 東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
開館時間:10:00~18:00(木・金曜は20:00まで)
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は開館し、翌平日休館)
https://topmuseum.jp

図書室
開室時間10:00-18:00
休室日 毎週月曜日(祝日の場合は開室、翌平日休室)、年末年始/特別整理期間
https://topmuseum.jp/contents/pages/library_index.html


[1] NACSIS-CAT: https://www.nii.ac.jp/CAT-ILL/

[2] 美術図書館横断検索ALC: https://alc.opac.jp/search/all/

[3] CiNii Books: https://ci.nii.ac.jp/books/

[4] カーリル: https://calil.jp

[5] 日本十進分類法(NDC):日本の図書館で使用されている分類法。本の内容を3ケタの数字で表す。(参考 http://www.ritsumei.ac.jp/library/service/libraryriyou/ndc.html/

[6] ドライクリーニング:刷毛などを使用し資料のチリやホコリを除去する作業
(参考: https://www.hozon.co.jp/archival/product_other_3.html

[7] モルデナイべ: http://www.hozon.co.jp/archival/product_other_2.html

[8] ビネガーシンドローム: 酸に弱いアセテート製のフィルムが劣化した時に、素材自体から酸を発生し連鎖的にフィルム全体の劣化を引き起こす症状
(参考:http://photo-archive.jp/conservation/劣化と対策/

[9] LTO(Linear Tape-Open):コンピュータ用の磁気テープ技術。TOPで使用されている規格「LTO-6」はテープ1本あたり最大6.25TBのデータを保存可能。
(参考:http://ltfs.jp/about_ltfs/lto.html

[10] マイグレーション:記録メディアのフォーマット規格が常に更新されていくため、定期的に次世代の記録メディアにデータ移行すること
(参考:http://www.soumu.go.jp/main_content/000225130.pdf

[11] 国の分野横断統合ポータルで、2020年公開を目標に国立国会図書館が中心となって構想が進められている。(参考:http://www.ndl.go.jp/jp/event/events/201805jps.html