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2010.10.12

第四回研究会記録

9月28日(火)の第4回研究会の前半では、9日に講師に畠中実氏をお迎えして開催した第3回レクチャーをもとに、「ワールド・カフェ」スタイルでディスカッションを深めました。

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テーマは「畠中レクチャーについて」

「作品の再現」とは何か、そのための「記録」とは何か、といったところが論点になっていました。「作品」と「再現されたもの」はやはり違うし、そもそも「作品を再現する」ことにどんな意味があるのか、など興味深い議論がなされているのもわかりました。「複製」の意義がそのままアーカイブの意義とつながっている、ということが面白いと感じました。また、アーカイブに「編集」がどの程度必要なのか、といったことも新たな論点だったのではないでしょうか。

テーブル1

・作品自体が現存できない場合(例:デュシャンの《泉》)、やはり写真のもつインパクトは大きい。
・作品とその複製とではやはり違うものがある。例えば関根伸夫《位相−大地》。掘られた穴にしても、当時の人力作業と最近の機械作業とでは作品の意味が違ってくる、また「時代の空気」も違う。そういう違いがアートの重要な要素なのではないか。しかし現物を残せない場合は、資源として何でも残していくことはやはり重要。
・HIVEについて。二次利用ができる可能性は大きい。
・パフォーマンスアートの場合(例:ダムタイプ)、時代を経て再現されたものは、初演とは違ったものになる。ただパフォーマンスアートは、再現によって作品が前進していくものでもある。
・記録にカメラマンの主観が入ると、別な意味での芸術になるが、アーカイブにとっては主観をなるべく排除すべきなのではないか。

テーブル2

・HIVEについて。2004年以前から記録を続けていたわけだが、当時から公開の意志があったのだろうか。公開へ向けての連絡や各人への対応などが後々のことになってしまったのであれば、大変だったのではないか。資料の公開へ向けては、そのつどそのつど関係者への連絡・対応が必要であろう。
・アーカイブの目的は「再現性」である。そのためにも作品の素材や一般情報は記録すべきである。
・整理について。集めたものをできるだけ他人の介入がないように整理しなければならない。編集などの介入がないほうがアーカイブにとってよいのではないか。

テーブル3

・アーカイブは基本的に何でも保存するもの。しかしその「何でも」とはどういうことなのか。
・記録の取り方の課題。インスタレーション作品の場合は、見た人によって捉え方が違う。そういった複数の視点をどうするべきか。アーカイブの場合は視点が一つになってしまうのではないか。
・そもそも「作品を再現する」という視点自体が興味深いもの。それを目的とした場合、写真や作り方、材料、技術などの保存が重要になってくる。
・再現することにそもそも意味があるのか?再現されたものは全く同じものにはならず、必ず差異が生まれる。再現されたものとは何なのか?
・できる限りいろいろなものを保存することが重要だが、それを公開する際の編集をどのようにすべきか?編集する主体の視点はあると思うが、さまざまな見せかたを考えるため「必要最低限、集めなければならない資料」というのがあるのではないか?

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