A BLADE OF GRASS ア・ブレイド・オブ・グラス 第3号 2019年秋
—ソーシャリー・エンゲイジド・アートについてのマガジン—

『ア・ブレイド・オブ・グラス』 日本語版第3号を発刊


『ア・ブレイド・オブ・グラス』は、ソーシャリー・エンゲイジド・アート(SEA)に取り組む米国のアーティストに対し、プロジェクト資金の助成と活動支援を行っている非営利芸術団体「A Blade of Grass (ABOG)」が2018年秋に創刊し、ウェブサイトで公開している年2回刊のSEA専門マガジンです。アート&ソサイエティ研究センターでは、ABOGの協力を得て、このマガジンの日本語版を編集・公開しています。

第3号のテーマは「規範に挑戦するアーティストたち」。身体的、経済的、制度的な理由で社会の「標準」からはずれ、「周縁」に位置づけられた人たちの経験と創造性を肯定し、彼らに対する人々の見方や態度を変ようと挑戦しているアーティストに焦点を合わせています。日本語版には、社会復帰に困難がつきまとう元受刑者、ジェントリフィケーションで追い立てられる極貧層やホームレス、差別や搾取の対象となる移民労働者の問題に取り組むプロジェクトについての記事を掲載しました。連載の「アーティストに聞く」では、メアリー・マッティングリーが読者からの質問に答え、ABOGのエグゼクティブ・ディレクター、デボラ・フィッシャーは、芸術機関を原子炉に喩えた興味深いエッセイを執筆しています。

Contents
▪︎ 第3号イントロダクション
▪︎ 未来の自分を思い描く:投獄後のアイデンティティの再生
▪︎ スキッド・ロウの低所得層住宅(アフォーダブルハウジング)を創造的に
▪︎ 移民の抵抗と連帯による協働のアート
▪︎ アーティストに聞く:メアリー・マッティングリーが質問に答える
▪︎ 芸術機関(アート・インスティチューション)を原子炉に喩えてみよう

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私自身の言葉:COVID-19(新型コロナウイルス感染症)に対するハノイの反応 サバイバルと長期的発展のための教訓—ウット・クエン(Út Quyên)

本稿は、ハノイ在住のウット・クエンによるテキスト、「My Own Words: Hanoi’s response to COVID-19」を邦訳したものである。友人であるクエンから文章を書いたと知らせをもらったのは、6月下旬のことだった。まだ世に出ていない原稿を光栄にも受け取ったのだが、ベトナム人以外の反応を知りたいという思惑も彼女の中にあったのかもしれない。
現代アートスペースのスタッフとして、またアート分野のライターとして培われた視点やネットワークをもって書かれた原稿からは、未曾有の状況を書き留めることに対する彼女の熱量を感じた。ハノイの芸術文化スペース、団体によるCOVID-19への対応を文章の核としながら、それらが抱える恒常的な課題についても述べられている。局所的な事象が描かれているが、他の場所でも起きていることかもしれないとも思った。多くの読者が待ち望んでいるはず、とクエンに向けて読後のメッセージを返信した。推敲を経たクエンの最終稿が書き上げられてからも、ハノイの様子は日々変化している。99日間の平穏ののち、ベトナムでは7月下旬より再び新型コロナウイルスの感染者が増え始め、感染拡大の第2波に見舞われた。現在ハノイの状況は落ち着きつつあるが、公共の場でのイベントに対する一定の制限は解かれぬまま、スペースや団体は活動を続けている。
本稿内でCOVID-19の一過性に言及したハー・ダオの言葉は力強く響く一方で、クエンは持続可能な活動の難しさを記す。両者とも文化芸術活動を取り巻く環境に対する危機感は共通している。クエンが言うような文化芸術に関する体系的な働きかけの実現に向けては、個人や団体間の水平的な連帯が重要度を増すだろう。COVID-19がもたらした繋がりの変化、繋がるものや方法の変化は、明らかに個々の活動に影響を与えていることが本稿からも読み取れるが、より大きなうねりに波及するだろうか。これまでも常に戦術を駆使してきたに違いないハノイの実践者たちから、新しい生活様式の下で生み出されるものを、今後も辿っていきたい。

拙訳の掲載を快諾してくださったアート&ソサイエティ研究センターの皆様に心より感謝申し上げます。
(金子望美)


 

ベトナムはCOVID-19の抑え込みに成功したといってもさしつかえないだろうが、世界的なパンデミックの影響はこの国の生活のあらゆる面に及び、軽視できない。芸術文化産業も例外ではない。本稿はハノイの芸術文化関連のスペースへのインタビューをまとめたものであり、彼らの懸念や、変動する世界で持続的な将来を構築するために彼らがとった短期的・長期的対応を明らかにすることを狙いとした。

「レッド・ダスト・ホライズンズ」コンサートの観客。Photo by Le Huong Quynh. Image courtesy of DomDom.

「新しい日常」
ベトナムで全国的なロックダウン1)措置が解除されたのは2020年の4月下旬だった。5月末には公共の場での芸術文化活動が慎重に再開され、公共の場でのイベント開催は徐々に以前の頻度に戻りつつある。実のところ、芸術文化関連の団体の多くは、オンライン上や現実空間でのイベントに対する関心の高まり、参加者の増加を感じていた。例えば実験音楽のような、挑戦的な芸術形式(art forms)もその一つである。実験音楽とアートのハブであるドムドム(DomDom)によるライブパフォーマンス「レッド・ダスト・ホライズンズ・コンサート(Red Dust Horizons Concert)」には、300人が来場した。

参加者の急増は、参加可能な公共の場でのイベントが少ないためと考えられる。これは好ましい兆候であるとして、ローカルのアーティストたちは歓迎しているものの、一方では、一過性のものかもしれないと慎重に見ている。

 

孤立する芸術文化コミュニティ

トークイベントの司会を行うグエン・アイン・トゥアン氏(右)。Photo by Nguyen An. Image courtesy of Heritage Space.

先日、シンガポールの『ストレーツ・タイムズ(Straits Times)』紙は、生活に必要不可欠なサービス(essential services)に関する調査記事を発表し、必要不可欠ではない職業(non-essential jobs)ランキングの1位に「アーティスト」を挙げた。これは他国の記事にもかかわらず、ベトナムのアートコミュニティの人々の間に怒りや皮肉といった反応を次々と引き起こした。しかし、この調査が明らかにしたのは、COVID-19の流行に対処するにあたって芸術文化コミュニティがいかに孤立しているか?ということだ。インディペンデントな現代アートスペースであるヘリテージ・スペース(Heritage Space)のディレクター、グエン・アイン・トゥアン(Nguyễn Anh Tuấn)は言う。「芸術は社会の上部構造の総体に属しており、それ独自のインフラや経済的・精神的価値体系を備えているが、国や人々から適切に注意を払われるのはいつも最後になる」。さらに、「我々は常に最低限のリソースしか与えられず、社会的な危機が訪れる時はいつでも、それどころか平常時においても自力で何とかしなければならない」と付け加える。

このパンデミックによって、アートコミュニティとベトナムの政策立案者との折り合いの悪さは浮き彫りになるばかりだ。文化スポーツ観光省は、インディペンデントな芸術文化コミュニティを支援するための緊急対応策をいまだに講じていない。政府による620億ベトナムドン(およそ260万ドル)もの金融支援パッケージ(Financial Assistance Package)は、COVID-19の影響を受けた人々に向けて打ち出されており、清掃員から食料雑貨店の販売員、個人事業主の運転手まで、幅広い職種をその対象としている。しかし、ザ・ベトナム・ナショナル・インスティテュート・オブ・カルチャー・アンド・アーツ・スタディーズ(the Vietnam National Institute of Culture and Arts Studies、以下VICAS)のリサーチャーであり、ヴィカス・アート・スタジオ(VICAS Art Studio)のマネージャーであるグエン・ティ・トゥ・ハー(Nguyễn Thị Thu Hà)は、インディペンデントなアーティストはこの対象外であることを指摘している。

 

共通の状況に対する様々な反応

ザ・ベトナム・ナショナル・インスティテュート・オブ・カルチャー・アンド・アーツ・スタディーズ(VICAS)のリサーチャーであり、
ヴィカス・アート・スタジオのマネージャーであるグエン・ティ・トゥ・ハー博士。

ロックダウン後のVCCAでの展示ツアー。Image courtesy of VCCA.

国から支援を受けている組織は、経済的な安定を得ている一方で、危機に素早く対応する力を犠牲にしている。2017年に設立されたヴィカス・アート・スタジオはベトナムで唯一、政府が支援している現代アートのスペースである。外から見る分には、彼らは恵まれた立場にいるように思える。インフラへの支援があり、従業員の給与は保証され、活動やプロジェクトの予算は確保されている。3ヶ月の社会隔離期間中でさえ、VICASのスタッフはリサーチャーとして国の予算から給与が支払われていた。将来のプロジェクトはどれも中止を免れており、既存のプログラムは再開されるはずだ。パンデミックが終わればVICASは運営を再開し、鑑賞者やコレクター、コミュニティとの結びつきは以前と変わらぬままだろう、とVICASの協働者やアーティストの皆が確信していた。

しかしグエン・ハー博士2)は、国からの支援を得ているがために、危機に対応する能力を構築することに対してメンバーがかなり消極的になっていると言う。スタッフ全員は研究所のリサーチャーとしての職務を優先させなければならない一方で、ヴィカス・アート・スタジオの運営を無償のボランティア活動として行う。したがって、アートスペースのためのチームを安定して維持することは難しく、メンバーは過重労働になることが多い。パンデミックの間、彼らは組織を変えるための解決策を積極的に提案することはできなかった。

ベトナム最大の企業の一つであるビングループ(Vingroup)傘下のビンコム・センター・フォー・コンテンポラリー・アート(Vincom Center for Contemporary Art、VCCA)もまた、先行き不透明な状況に直面している。彼らの活動は企業の決定に左右されるためである。もし経済状況が悪化すれば、非営利事業のアートセンターは真っ先に閉鎖される可能性がある。

マッカ・スペースの展覧会ツアー。Image courtesy of Matca.

資金提供の削減と移動の制限に見舞われ、文化芸術関連のスペースや団体の大半は、プログラムの延期や中止を迫られている。しかしながら、パンデミックの有無にかかわらず、芸術文化のためのインフラが不十分であるという状況の中で自分たちが活動していることを、文化芸術の実践者は理解している。写真家であり批評家、またマッカ・フォトグラフィー・スペース(Matca Photography Space)のマネージャーでもある、ハー・ダオ(Hà Đào)は言う。「おそらく、インディペンデントなアートスペースは激変する生活に慣れすぎている。アンダーグラウンドで活動していて、生き残るための方法を常に探す必要があるので。そういった意味では、COVID-19はすぐに過ぎ去る出来事でしかない」。アートギャラリー兼カフェのマンジ(Manzi)はいち早く活動を取り戻した場所の一つで、展示のオープニング、イベント、トークイベントの予定が詰まっている。経済的に自立し続けること、そして地元当局とうまくやる方法を知ることは、スペースの存続に初めから影響を及ぼす課題である。

 

サバイバルのための改革

TPDの映画制作クラス。Image courtesy of TPD.

ハノイの芸術文化関連のスペースの多くは、ロックダウンの期間を運営の見直しや能力開発のための機会とみなした。建築とアートのためのスペースであるアゴハブ(AGOHub)は、パフォーマンスの向上とリソースの十分な活用のために、仕事を特徴的なカテゴリーに振り分ける必要があることに気がついた。現在アゴハブは、物理的な施設を管理するチーム、専門分野のイベントを企画するチームという2つの独立したチームを抱えている。ザ・センター・フォー・アシスタンス・アンド・ディベロップメント・オブ・ムービー・タレンツ(The Centre for Assistance and Development of Movie Talents、以下TPD3) )のディレクターであるグエン・ホアン・フォン(Nguyễn Hoàng Phương)は、人的・金銭的リソースが限られている組織にとって、共同体の形成(community building)は最も重要であると述べている。ロックダウン期間中、TPDは組織内のコミュニケーションを深めることや、彼らのサポーターに無料で授業を提供することに力を尽くした。

ATHの子ども向けの演劇プロジェクト。Image courtesy of ATH.

デジタル化は、COVID-19への対応にみられる世界的な傾向である。パフォーミングアーツの団体は、ライブイベントに代わるものとしてのデジタルの有効性に当初は疑いをもっていたものの、現在はより多くの観客の獲得や、より活発で国際的なプログラムを可能にするという利点を見出している。例年のパフォーミング・アーツ・スプリング・フェスティバル(Performing Arts Spring festival、PAS)に代わり、そのオンライン版を2020年6月に2日間にわたってZoomで開催したことで、ATH4)はいつもより多くの専門家をゲストに招くことができた。その中には、英国とフランスから招待した影響力のある演劇とダンスのアーティスト2名が含まれ、彼らによるワークショップが行われた。この仕組みにより、生徒によるパフォーマンスや舞台新作についての録画配信や、本フェスティバルのために特別に行われたコンサートや演劇2本のライブストリーミングも可能になった。

数々の団体は、協力する機会や潜在的なパートナーも新たに獲得した。ヘリテージ・スペースはゲーテ・インスティトゥート・ハノイ(Goethe-Institut Hanoi)とのコラボレーションにより、映画『ザ・スペース・イン・ビトウィーン:マリーナ・アブラモヴィッチ・アンド・ブラジル(The Space in Between: Marina Abramović and Brazil)』を上映した。観客とオンラインで共有するこの試みに、思いがけずアブラモヴィッチが参加した。ヘリテージ・スペースのグエン・アイン・トゥアンは言う。「アブラモヴィッチと連絡を取ったのはイベントのほぼ1週間前だったが、こちらの出演依頼に応じてもらえるとはあまり思っていなかった。いつもなら彼女のスケジュールは1年先まで埋まっているはずなので」。レジデンススペースのバー・バウ・アーティスト・イン・レジデンス(ba-bau AIR)は、外国人アーティストへ宿泊施設を提供する方針から、ローカルのアーティストや団体を招いてのイベントや短期のワークショップに施設を利用する方針へと移行した。旅行が制限されているゆえにコラボレーションの機会を国内で探さざるを得ないことが、結果的に地元の芸術文化の実践者、スペースや団体間のつながりを強めている。

パンデミックに対処するためにそれぞれのスペースが取った即時の行動もまた、長期的に運用されるモデルになる可能性を秘めている。例えば、ア・スペース(Á Space)はオンラインプラットフォームであるバーチャル・ア・スペース(Virtual Á Space)を展開し、現実空間のスペースから独立して運営している。アーティストでア・スペースを設立したトゥアン・マミ(Tuan Mami)は、「バーチャル・ア・スペースは若手のアーティストやアートの実践者がプロジェクトを発展させたり、展示を企画したりする可能性や、物理的な空間に関しては通常よりエスタブリッシュな実践者のための場所を使う機会を提供できる」。バーチャル・ア・スペースでの初めての展示となる「アイ、アザー・エグジスタンスィズ(I, Other Existences)」は2019年に結成されたマルチメディア・アートコレクティブであるモー・ホイ・モーモ?(Mơ Hỏi Mở – MO?)がキュレーターとなる予定である。

 

持続可能な将来はあるか?

ロックダウン後のアゴハブ主催によるデザイン思考に関するワークショップ。Image courtesy of AGOHub.

COVID-19が発生して初めて、ベトナムの実践者から持続可能な発展の問題が提起された。アゴハブの創設者兼マネージャーであるグエン・トゥアン・アイン(Nguyễn Tuấn Anh)は、「持続可能であるためには、アートや非営利の活動と実利的で商業的な活動とのバランスを取ることが必要だ」と述べる。しかし、これは他の多くのスペース、特に実験的なアート様式を扱うドムドム、ア・スペース、ヘリテージ・スペースなどにとっては、難しい問題である。さらに、今回インタビューしたマネージャーやオーナーの中で、感染拡大の第2波や再度の長期休業を自身の組織が乗り越えられると確信している者は一人もいなかった。

サバイバルと長期的な発展に不可欠な教訓(lessons learnt)を以下に記す。

・危機に対応する力を高める
・市民との結びつきを強める
・内部のリソースをより有効に活用する
・活動やプロジェクトを局地化(localise)、地域化(regionalise)する
・海外の団体や機関からの資金提供への依存度を減らす
・非営利活動と収益性のある活動のバランスを探る

これらのアクションに加えて、国民への教育やコミュニケーションのプログラムを通じて、文化芸術産業に対する理解を体系的なレベルで向上させる必要がある。

 

筆者について
ウット・クエン(Út Quyên)は芸術分野のライター、芸術文化関連のコーディネーター、オーガナイザー。インディペンデントのライターおよび芸術文化を扱うウェブサイトであるハノイ・グレープバイン(Hanoi Grapevine)の寄稿ライターとして、芸術活動に関する論評を執筆する。また、ハノイのインディペンデントなアートスペース、ヘリテージ・スペース(Heritage Space)でのクリエイティブイベントやアートプログラム・プロジェクトのほか、ハノイ市内にある他のアートセンターと協働する分野横断的なクリエイティブプロジェクトにて、企画・運営に従事する。現在はベトナムのハノイに在住し活動している。

本稿記載の見解や意見は筆者個人のものであり、必ずしもArt & Marketの見解や意見を反映するものではありません。本稿は長さ、明確さのため編集されています。

(訳者/金子望美)


訳者による注釈
1) ベトナムにおいて、全国的な社会隔離措置は4月1日より開始された。政府により、買い出しや救急、必要不可欠な商品・サービス関連勤務以外の外出自粛要請が発出され、また公共の場所において3人以上の集合が禁止された。これに先立ち、グエン・スアン・フック(Nguyễn Xuân Phúc)首相やマイ・ティエン・ズン(Mai Tiến Dũng)政府官房長官は、本措置はあくまで要請であり都市封鎖(ロックダウン)とは異なる旨を強調した。しかし訳者の所感では、ベトナム国内における制限の強さを他国の都市封鎖の状況と比較した場合、隔離措置期間中のバス・鉄道等の公共交通手段およびタクシー・grab等の輸送サービス停止や、ベトナム当局が街中を巡回して監視する様子(報道によれば、複数地域において政府の要請を遵守しない者への罰金例が多数挙げられている)等より、ベトナムもそれに準ずるように感じた。
本文では、筆者が原文内で「lockdown」を使用する限り、「ロックダウン」と訳出している。
2) 既述のグエン・ティ・トゥ・ハー(Nguyễn Thị Thu Hà)博士を指している。
3) ベトナム語の団体名「チュン・タム・ホー・チョ・ファット・ティエン・タイ・ナン・ディエン・アイン(Trung tâm hỗ trợ Phát triển tài năng Điện ảnh)」の略称。
4) 当該団体設立時の名称であるアトリエ・テアトル・ド・ハノイ(Atelier Théâtre de Hanoi)の略称が転じて、現在はATHが団体の正式名称となっている。団体設立当初は活動の主眼を演劇に置いていたが、現在は音楽・ダンス、アートやクラフトにまで活動領域を広げている。それに伴い当初の名称であるアトリエ・テアトル・ド・ハノイの使用をやめて、代わりにアトリエ・テアトル・エ・アーツ(Atelier Théâtre et Arts、ドラマ・アンド・アーツ・スペースの意)という説明が用いられるようになった。

金子望美 (Nozomi Kaneko)
都市、文化、資本とその関係性を関心の軸に据えながら、文化芸術分野の翻訳やリサーチに従事する。パフォーマンスアートのデジタルアーカイブ、Independent Performance Artists’ Moving Images Archive (IPAMIA)のメンバー。ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ、Culture Industry(MA)修了。現在ベトナム・ハノイに在住。

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自然農とアートにみる生物多様性という生存戦略

2020年オリンピックイヤーが幕をあけた。東京では様々な文化イベントが予定されている。これは2012年のロンドンを参考にしていると言う。私は以前、ロンドンのNPOでコミュニティアートを実践する現場に数か月立ち会った。2004年当時は、オリンピック開催の最終候補都市に選ばれ、早くもカルチュラルプログラムが意識され始めていた。当NPOはイーストロンドンの、移民や低所得者層の多い地域にあった。地域の若者たちの文化的体験を支援しており、あるプロジェクトでは「NEW ROOTS- Young Hackney Voices」として音楽が好きな若者たちに対し、プロで活動するアーティストをコーチに迎え、詩をつくるワークショップから本格的な録音スタジオでの楽曲の収録、CDの制作、それをライブという場で表現するまでの機会を提供した。NPOのギャラリーで行われたライブには、区長や地域の人々が訪れ盛況だったが、ラップまじりのヒップホップを聞いて、涙を流すほどの衝撃を受けたのは私だけであっただろう。そこにはいわゆるマイノリティである彼らの「生きるための表現の場がある」と強く感じたのだ。アートが生き方の多様性を保障しているように見えた。

NEW ROOTS-Young Hackney Voicesライブの様子(2004年)


左:ライブの後は区長と若者たち、地域の人々が歓談 右:プロが立ち会い本格的に仕上げられたCD

さてここから農の話をしよう。「切り干し大根をつくる」と聞いて直ぐにアートのような創造性を、あるいはアートに触れたときのようなひらめきや高揚感を想像できるだろうか。

秋空の下で切り干し大根をつくる

2019年秋、北信州に住む私たちは切り干し大根を作るワークショップを行った。湖と森と山を抱く小さな町での小さな出来事だ。その日、自然農法で米と野菜を栽培する農家「りんもく舎」の畑に集まったのは、鍼灸師、絵本作家、元教師など数名。職種や働き方も様々な人間が集まり、畑から大根を引き抜き、水路で泥を落とし、空の下で包丁やスライサーを持ってひたすら大根を切る。ただそれだけのことだが、皆で手作業を共有すると普段はしない対話が自然と生まれる。
例えば、皆で昔の暮らしを想像してみる。保存食や伝統料理、その背景にある資源循環型の生活が当たり前にあっただろうことに話や想像は及ぶ。あるいは、そもそも切り干し大根を作ることとなった発端を自然農家とともに話し合う。出荷されずに畑に根付いたままの大根たち。自然農は農薬や肥料を使わないため、天候の変化による微生物の動きの影響を受けやすい。その結果、今年は大根の肌がきれいに仕上がらなかったというのがその理由だ。そこには気候変動も身近なものとして浮かび上がり、また、画一的に整うことが求められるスーパーマーケットの野菜たちの姿も、さらには学校教育のなかにある子どもたちの姿も重なってみえてくる。
この体験は、ひとつの作業や事柄を通して、多くの想像を引き出す、新たな視点を得るという点において、まさしくアートにおける体験と似たような感覚をもたらした。

切り干し大根づくりの一連の作業風景



自然農の農家との対話では世界の真理の一端をみるようなことが起きる。ある時、畑の一角で団粒化した土を見せ、バクテリアの仕業なのだと教えてくれた。それは作物の栄養分を生成するバクテリアが生息し、住みやすい環境を生成していることを意味する。
「慣行農業ではいかに害となる菌を排除するかと考えるけれど、ぼくら自然農では、いかに多種多様な微生物を土のなかに生かすかと考えるんだ。多様な微生物が生息すれば一種だけが突出して繁殖し栽培に害を及ぼすということが起きないから。」と言う。彼の畑ではキノコも時折顔を出す。キノコ(糸状菌)が優位に働く土は自然のバランスが整っている証なのだと嬉しそうに話す。「土も草木も野菜も人も、それだけで生きている訳ではなく、いろんなものに生かされて生かし、持ちつ持たれつしながら生きている。単純、単一であることは効率的で便利かもしれないけれど、とても弱い。」ということを畑は教えてくれる。そして、多様性のある世界(土)がいかに美しく、その一部として育ち、共存する様々ないのち(野菜や雑草)の力強さを語ってくれた。
この対話を通して、彼がアーティストと同様な立場にあると感じた。アーティストはいわば世界の多様性を表す存在だ。定常化した社会の理を見つめなおし、異なる角度から表現し、私たちにあらゆる世界の在り方を提示してくれる。

左:枯草や稲藁の下で団粒化した土 右:キノコが生える畑の土 (りんもく舎提供)


自然農では野菜も雑草もいきいきと共存する (りんもく舎提供)



この自然農とアート、あるいは農家とアーティストの共通点は何だろうか。現在日本で自然農を含めた有機農家の割合は農家全体の0.5%に過ぎない。年々増加傾向にあるそうだが全国でわずか1.2万戸だ。(*1)一方アーティストの数は定義があいまいで計り知れないが、国税調査によると「文筆家・芸術家・芸能家」という社会経済分類で871,910人。(*2)ここで想定するアーティストの範囲はその中のさらに一部であるため、随分荒っぽい比較だが、少数派だと思われるアーティストと同様に、もしくはそれ以上に有機農家は極めて少ないことがわかる。有機農家もアーティストも選択的マイノリティとでも言おうか、オルタナティブな視点をもって社会を見てきた少数の人たちなのだ。彼らは今ある社会やシステムに違和を感じとり、ある人は自然農法という技法で、ある人はアートという表現方法で、問いを投げかける。それは藤浩志が自身の作品を「OS作品」というように、あるいは『藝術2.0』(熊倉敬聡著)のなかで小倉ヒラクが「OSとしてのアート」と表現しているように、OSの違いこそあれ、そこにある精神性や創造性という点で共通しているのではないか。そしてさらに言うならば、今まさにそれぞれのOSを持ち寄り、新たな価値を共有する、新たなOSを作り出すといった、いわば創造性の複合形がアートの文脈の内にも外にも増えつつあるように思う。
彼らは、多様性をもち、すべてが循環して複合的に関わり合うなかで奇跡的に世界が成り立っていることを知っている。そして自らも多様性を表出する一部となり、同時に、世界の多様性を持続することを助けているという意味で二重に役割を担っているのだ。
今私たちはとても不確かな時代にいる。グローバル資本主義が引き起こす経済格差、環境汚染、気候変動、自然災害、エネルギー問題、政治的緊張関係から移民、貧困、孤独まで世界共通の課題は枚挙にいとまがなく、しかもそれらは複雑にからみあい、決して他所の問題とは言えない関わりをもって私たちの眼前に立ち現れる。当たり前だと思っていた価値観をこのまま続けていいものか。それに気づいた人から行動を始めている。依然少数であることに変わりはないだろう。しかし、不確かで複雑で先行きがわからない時代だからこそ、少数のオルタナティブな視点をもった人々が新たな光をもたらすかもしれない。生物は時に脆弱な種や能力も持ち合わせながら生き延びてきた。それは変わりゆく世界で何が生き残る手段に変貌するかわからないからだ。生物多様性を担保することこそが不確かな時代を生き延びる戦略であり、それを知っているのが農とアートなのかもしれない。
(文:天野澄子)


*これは決して慣行農業を否定するものではなく、また自然農に携わる農家がすべてこの通りであるとは限らない。アートやアーティストに対する考え方もここで示すものは一部である。
*1)農林水産省平成25年8月発表「有機農業の推進に関する現状と課題」より
*2)国勢調査 平成27年国勢調査 抽出詳細集計(就業者の産業(小分類)・職業(小分類)など)より
参考文献:
『藝術2.0』熊倉敬聡 著(春秋社)
『発酵文化人類学』小倉ヒラク 著(木楽舎)
取材協力:りんもく舎 http://rinmoku.com/

天野澄子(Sumiko Amano)
横浜国立大学教育学部総合芸術課程卒。1997~2013年まで株式会社タウンアートにてアートプロデューサーとしてパブリックスペースにおけるアート計画の企画から作品設置まで多数のプロジェクトに携わる。2004年文化庁芸術家海外研修によりロンドンのアートNPO「Free Form Arts Trust」にてコミュニティアートについて学ぶ。2013年子育てを機に長野県へ移住。現在は公共文化施設計画の設計支援等、アート思考をOSとしてフリーに活動中。

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A BLADE OF GRASS ア・ブレイド・オブ・グラス 第2号 2019年春
—ソーシャリー・エンゲイジド・アートについてのマガジン—

『ア・ブレイド・オブ・グラス』 日本語版第2号を発刊

『ア・ブレイド・オブ・グラス』は、ソーシャリー・エンゲイジド・アート(SEA)に取り組む米国のアーティストに対し、プロジェクト資金の助成と活動支援を行っている非営利芸術団体「A Blade of Grass (ABOG)」が2018年秋に創刊し、ウェブサイトで公開している年2回刊のマガジンです。アート&ソサイエティ研究センターでは、ABOGの協力を得て、このマガジンの日本語版を編集・公開しています。

第2号のテーマは「WHO(誰)」。「SEAは誰がつくり出すのか」に焦点を合わせた6本の記事が掲載され、「アーティストに聞く」では、アクティビスト・アーティストとして知られるドレッド・スコットが読者からの質問に答えています。また、ABOGの創立者でエグゼクティブ・ディレクターのデボラ・フィッシャーによる芸術機関の在り方に関する連載エッセイが始まりました。日本語版第2号では、以下の記事を翻訳掲載しています。  

  • 第2号イントロダクション
  • パートナーとしての市:行政機関とコラボレートする3人のアーティスト
  • 「金継ぎ」というアート:若者、警察、馬がケアの政治を覆す
  • とどまり、聞き、統合する:アパラチアの過去と現在を音でつなぐ
  • インスティチューションを進化させる:誰が帰属するのか?
  • アーティストに聞く:ドレッド・スコットが質問に答える

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エンドレスジャーニー展 〜終わらせたい、強いられた旅路〜

 

世界各地ではいまも多くの人が紛争や迫害、暴力や貧困によって住まいを追われ、終わりの見えない命がけの旅を続けています。本展は、人びとに寄り添い医療を提供してきた国境なき医師団の活動を伝える体験・思考型の展覧会です。この展覧会場に、詩人・谷川俊太郎と美術家・諸泉茂のコラボレーションによるアート空間が誕生します。

 

谷川俊太郎の詩と諸泉茂による温度計のインスタレーション空間に鑑賞者が参加します

国民的詩人である谷川俊太郎が国境なき医師団のために書き下ろした詩。真白な壁面にその詩が記され鑑賞者に詩が描く世界を伝えます。一方、諸泉茂の手がける目盛りのない温度計は、壁面や台上に数百本並べられ、室内の温度を示しま す。人が触ることで、温度計の赤い線がその人の体温へと変化していきます。医者が人を「手当する」ことで人の命が助かることと、温度計に「手を当てる」ことで自分の温度を知り、命の大切さを感じてもらうこと、2つの「手当」をテーマとした参加型の展示です。会期5日間、参加者は自分の体温の高さにメッセージを残すことができ、日を追うごとに参加者の言葉が空間に溢れていくことでしょう。

アーティスト プロフィール

谷川俊太郎 Shuntaro Tanikawa
1931年東京生まれ。18歳頃から詩作を始め、詩集「二十億光年の孤独」を刊行(1952年)。「櫂」同人。詩、翻訳、創作わらべうたなど幅広く活躍している。1983年「日々の地図」で読売文学賞を受賞。またレコード大賞作詞賞、サンケイ児童出版文化賞、日本翻訳文化賞なども受賞。詩やエッセー、翻訳、脚本など幅広く活動する。

諸泉茂 Shigeru Moroizumi
1954年生まれ。多摩美術大学彫刻学科卒業。主な展覧会に 1999-2001年 FUJINO 国際アートシンポジウム企画運営。2010年 台北当代芸術館にて個展開催。作品集『°C』出版。2012年 「Aqua-Ignis」に作品を常設(三重県)。2013年 「カラーハンティング展」(21_21 DESIGN SIGHT)など、国内外で個展・グループ展を多数開催する。

会期|2019年12月18日(水)ー22日(日) 11:00‐20:00(最終入場時間19:30)
会場|アーツ千代田 3331/1階メインギャラリー 〒101-0021 東京都千代田区外神田6丁目11-14
入場料|無料
主催|特定非営利活動法人 国境なき医師団日本
特別協力|谷川俊太郎、諸泉茂
協力|特定非営利活動法人アート&ソサイエティ研究センター
後援|千代田区
お問合せ|国境なき医師団日本 広報部:舘俊平 press@tokyo.msf.org Tel:03-5286-6141

特設ウェブサイト

フライヤー(PDF)のダウンロード

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Art Scene 2010-2020 シンガポール現代美術の巡り方

赤道直下の小さな経済大国である多民族国家のシンガポール。文化芸術政策の一環としてアートへの投資が盛んなこの国では、新しいアートスポットが続々と誕生しています。
今回はアートプロデューサーの関ひろ子さんをお招きし、2010年から6年間シンガポールに滞在した経験をふまえ、現在のシンガポールのアートシーンを紐解いていただきます。
シンガポール社会を色濃く映し出し、国民啓蒙の数々のキャンペーンを批評したプロジェクト「Campaign City」。人の住むペラナカンハウスやHDB(公共の集合住宅)や金融街オフィスなどに新作を設置し街の歴史や場を再考した「OH! Open House」。シンガポール人の8割が居住するHDBの118軒の室内写真から多民族国家の文化を捉えた本のプロジェクト「HDB: Home of Singapore」など、社会と深く関わりをもつアート・プロジェクトを紹介します。 また、アートフェア(2011~)や、現代アートギャラリーの集積地ギルマンバラックス(2012)、アートセンターのNTU/CCA( 2013)、ナショナルギャラリー(2015)など、アートへの投資に近年力を注いでいるシンガポールのもう一つの姿も取り上げる予定です。様々なアートシーンを目の当たりにした関さんならではのお話しは、日本とシンガポールの文化・芸術環境の比較をうながし、そしてシンガポールのアートを巡るヒントとなるでしょう。

日時  2019年11月14日(木) 19:00-21:00
会場  3331 Arts Chiyoda B105マルチスペース www.3331.jp/access
定員  15名(先着順)
参加費 1,500円 (南国の軽食と飲物を用意しています。準備の都合上11/12までにお申し込みください。)

講師プロフィール

関ひろ子|Hiroko Seki|アートプロデューサー(東京、シンガポール、ハノイ)
1992年大岩オスカールのマネージメントを皮切りに1997年コマンドN、2009年Beppu ProjectのアートNPOとアートフェアなどに携わる。クリティカル・クエスト-批評の役割ゲーム展(スパイラル)、Muntadas:Asian Protocols展(アーツ千代田3331)などを企画。2010年よりシンガポール、2016年よりハノイにて現代アートのリサーチを開始。日本の企画の現地コーディネーター、Herb & Dorothyの東南アジア上映配給人。

お申込み

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主催:NPO法人アート&ソサイエティ研究センター

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【緊急レクチャー】現代美術作品の展示中止・撤去を読み解く


あいちトリエンナーレ2019で「表現の不自由展・その後」が展示中止となったことをきっかけに、憲法で保障された表現の自由と芸術作品/芸術を提示する空間について、さらには芸術文化活動に対する公的支援の是非について、さまざまな視点から議論が百出しています。
社会に関わるアート活動を支援し、人々の創造的環境の充実に寄与することをミッションとするアート&ソサイエティ研究センターでは、今回の出来事を表現の自由をめぐる衝突の歴史の中でとらえ、具体的な事例を紹介することによって、今日の民主主義社会におけるアートの在り方を考えるためのレファレンスを提供する、緊急レクチャーを実施いたします。

開催概要

8月3日、あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」展が不当な圧力を受け、わずか3日間で展示中止となりました。しかし、これは突然起こった出来事ではありません。その予兆ともいえる事例はすでに10年前から多発していたのです。そうした、近年続発する現代美術作品の撤去、展示中止等の事例を取り上げ、その経緯、理由は何だったのか、その背景には何があるのかを探ります。
また、今回の「表現の不自由展・その後」に関しては、多くの識者がコメントを発信しています。それらを整理すると、本件は単なる表現の自由の問題だけにとどまることなく、多面的に読み解く必要があることがわかります。アーティスト、自治体、キュレーター、鑑賞者などさまざまな関係者がそれぞれの立場から、どうしたらこの難問に立ち向かうことができるのか。この機会に、それを考えるための基本認識を共有したいと思います。

日時  2019年10月31日(木) 19:00-21:00
会場  3331 Arts Chiyoda B105マルチスペース www.3331.jp/access
定員  30名(先着順)
参加費 1,000円 ※参加者全員に、SEA専門マガジン『ア・ブレイド・オブ・グラス』日本語版冊子(A4・42ページ)を進呈いたします。

講師プロフィール

武藤祐二|Yuji Muto|現代美術史研究者
現代美術作家を目指す学生として1970年代半ばを過ごし、その後、一鑑賞者として現代アートをウォッチするとともに、独学でその理論の勉強を続ける。一方、3年ほど前までは国家公務員として、放送法という日本で唯一の言論法制の事務に長年携わってきた。その二足のわらじの体験が、憲法第21条「言論・報道・表現の自由」という点で交差していることに気づき、以来、この分野を考察している。
Twitter @forimalist

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主催:NPO法人アート&ソサイエティ研究センター

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SEAラウンドトーク記録集 — アーティストは今、ソーシャリー・エンゲイジド・アートをいかに捉えているのか?



アート&ソサエティ研究センターでは、2014年よりソーシャリー・エンゲイジド・アート(SEA)という新たな芸術実践の調査・普及・支援活動に力を入れてきました。その活動の一つとして「SEAラウンドトーク」シリーズを、2017年10月〜2018年7月まで10回にわたり開催いたしました。

「SEAラウンドトーク」は政治や社会に関心を持つ第一線で活躍するアーティスト10名を招聘し、アーティストがソーシャリー・エンゲイジド・アートをいかに捉え、自らの創作活動と社会との関わりをどのように考えているのかを生の声で聞き、聴講者と共にディスカッションするレクチャーシリーズとして企画されました。この度、その成果をまとめ、『SEAラウンドトーク記録集 — アーティストは今、ソーシャリー・エンゲイジド・アートをいかに捉えているのか?』として発行する運びとなりました。

目次
03 こあいさつ
04 SEA ラウンドトーク実施概要
06 SEA ラウンドトーク講師 プロフィール
–––––– –––––––––––––––––––––
08 清水美帆|アートの楽屋―アーティストの視点から考えるアートと社会の関係
16 山田健二|ホスト・スノーデン時代の映像表現
26 高山 明|演劇と社会
36 藤井 光|SEAは可能か?
46 ジェームズ・ジャック|海を中心とするSEA (=Socially Engaged Art and Southeast Asian Art)
56 池田剛介|コトからモノヘ―芸術の逆行的転回にむけて
64 竹川宣彰|ワークショップ:差別団体のデモに抗議してみる
74 岩井成昭|辺境=課題先進地域に求められるアートとは?
–––––– –––––––––––––––––––––
84 おわりに

A4判|本文86頁|定価:1,000円(税込、送料含む)

ご希望の方はこちらのフォームよりお申し込みください。

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法人設立10周年記念シンポジウム
アート×ソサイエティ=リミットレス 〜アートと社会の新しい関係の可能性〜


アート&ソサイエティ研究センターは2009年のNPO法人化以降、社会に関わるアート活動を支援し、現代社会における人びとの創造的環境の充実に寄与することをミッションとして活動してまいりました。環境と持続可能性、経済格差、移民、高齢化、孤立と引きこもりなど、日本社会は数えきれない深刻な社会的課題に直面しています。そうした状況にたいし、アートはこれまでにない価値を社会に提供することができるのか?さまざまな限界や分断(国境や人種の違い)を乗り越え、新しい見解や感性を生み出すことができるのか?こうした問いをめぐり、当法人の設立10周年を記念して、これまでお世話になった方々をはじめ多くの皆さまと共に語り考える場としてシンポジウムを開催いたします。つきましては、この機会に弊法人が向かうべき今後の方向や活動についてご教示いただければ幸いです。
 なお、このイベントはこの度当法人が発行しました『ア・ブレイド・オブ・グラス日本語版』と『SEAラウンドトーク記録集—アーティストは今、ソーシャリー・エンゲイジド・アートをいかにとらえているのか?』の出版記念を兼ねて開催いたします。多くの皆さまのご参加をお待ちいたしております。

登壇者

細田 琢|Taku Hosoda|㈱デルフィス エシカルプロジェクト
『社会を変えるエシカル消費〜SDGsの前と後』
略歴|「他者の幸せに貢献する消費行動」を表す言葉としての「エシカル」に着目し、社内プロジェクトを設立。エシカルに向かうインサイトと、その認知・理解向上を目的に、調査研究や情報発信、コンサルを実施。著書:『エシカルを知らないあなたへ 産業能率大学出版部』、『ソーシャル・プロダクト・マーケティング(共著) 産業能率大学出版部』、『CSR検定3級公式テキスト(「エシカルなビジネス」章を執筆) 株式会社オルタナ』

鷲田めるろ|Meruro Washida|キュレーター
『社会と関わる美術:あいちトリエンナーレ2019の事例より』
略歴|1973年京都市生まれ、金沢市在住。東京大学大学院修士(文学)修了。
金沢21世紀美術館キュレーター(1999年から2018年)を経てフリーランス・キュレ
ーター。第57回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館キュレーター(2017年)。あいちトリエンナーレ2019キュレーター。瀬戸内国際芸術祭2019アーティスト選考アドバイザリーボード委員。金沢美術工芸大学客員教授。

モデレーター・司会
工藤安代|Yasuyo Kudo|A&S代表理事
清水裕子|Hiroko Shimizu|A&S副代表理事

開催概要

日時  2019年8月29日(木)
    シンポジウム 18:30-20:00
    懇親会 20:00-20:50
会場  シティラボ東京 東京都中央区京橋3-1-1 東京スクエアガーデン6階 京橋環境ステーション内 https://citylabtokyo.jp/access/
定員  50名 (先着順)
参加費 シンポジウム:3,000円(下記出版物2種謹呈) 懇親会:1,000円

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主催:NPO法人アート&ソサイエティ研究センター

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台北ビエンナーレのキュレーター ウー・マリ氏(Wu Mali)へのインタビュー
 アート+環境団体+市民を結ぶプラットフォームとしての台北ビエンナーレ
 美術館がアクションへの発信基地へ

ヘンリク・ハカンソン《逆さにされた木 (鏡に映された)》
Henrik Håkansson, Inverted Tree (Reflected), 2018, Taipei Biennial 2018エントランスロビー
photo: Michiko Akiba エントランスロビーに吊り下げられた巨木と床の鏡によってインタラクティブに作品と対話でき、大人気の撮影スポット。

第11回台北ビエンナーレが2018年11月17日より2019年3月10日まで台北市立美術館で開催された。タイトルは「ポスト・ネイチャー 生態系としての美術館(Post –Nature A Museum as an Ecosystem)」で、アートをはじめとする多様なアクターが美術館に結集、我々の身の回りにある環境との関係性を多角的に再構築し、ひいてはボトムアップな変化につなげようとする意欲的な試みである。
台湾では1980年以降の民主化の過程で住民参加という機運が高まり、近年では多くの市民団体が活発な活動を続けている。そこで、ローカル+インターナショナルな作家、映像作家、小説家に加えて、地域環境の保全、再生に関わる市民団体、大学、NGOなど異なる分野もフラットに参加して、ビエンナーレ自体が領域を超えて繫がるエコシステムとなり、市民の協働をめざすプラットフォームを提供している。
本ビエンナーレのキュレーターは、11回目にしてはじめて地元台湾人アーティストのウー・マリ氏が(イタリア人のフランチェスコ・マナコルダ氏Francesco Manacordaとともに)選ばれ、その結果、ビエンナーレがより地域社会と結びつき、美術館が地域にひらかれた場となり、多くのポジティブな反響が寄せられている。

ウー・マリ氏(Wu Mali)photo: Rich Matheson


ウー・マリ氏は環境や地域コミュニティを主要テーマとして台湾におけるソーシャリー・エンゲイジド・アート(SEA)の最も影響力のある実践者で理論家であり、1990年代より地域住民とともに周辺環境への認識と行動を喚起する対話のプロジェクトを継続している。なかでもバンブーカーテンスタジオ(Bamboo Curtain Studio、註1)とともに実践している《Art as Environment – A Cultural Action at the Plum Tree Creek(台北市、樹梅坑渓、2009- 本文中参照)》 や 台風で荒廃した茶の産地に30人のアーティストを派遣して、各地で土地の再活性化を住民とともに考える、《Art as Environment—A Cultural Action along the Tropic of Cancer》(嘉義州、2005-07- )などが挙げられる。またSEAの代表的作家で論者スザンヌ・レイシ—の Mapping the Terrain New Genre Public Artや、研究者グラント・ケスターのConversation Pieces を中国語に翻訳紹介、現在は国立高雄師範大学で教鞭を執っている。

2019年3月初めに、アート&ソサイエティ研究センターのメンバー(秋葉、小澤、川口、清水)と『ビオシティ』の藤元編集長が台北ビエンナーレを訪ね、ウー・マリ氏(以下WM)をはじめ、マーガレット・シウ(Margaret Shiu、以下MS 註2)、イェン-イン・チェン氏(Yen-Ing Chen以下YC 註3)にインタビューして、台湾におけるSEAの先駆者、ウー・マリ氏がキューレートしたビエンナーレのコンセプトや意図、さらには自身のSEA活動について取材した。

ヴィヴィアン・ズーター《ララ マウンテン・パナジャケル》
Vivian Suter, Lala Mountain・Panajachel, 2018 ©Michiko Akiba
ハリケーンで破壊されたスタジオの土に埋まったペインティグを乾燥して、その時間による変化をそのまま提示する作品。今回は実際に台湾茶
の産地で制作した。


ヘレン・メイヤー・ハリソン&ニュートン・ハリソン《この国、スコットランドの深遠なる豊かさ》
Helen Mayer Harrison & Newton Harrison, On the Deep Wealth of this Nation, Scotland, 2018, © Taipei Fine Arts Museum
環境アートのパイオニアとして夫妻で、世界中の環境を科学者、歴史学者、住民とともにリサーチして、ひとつの作品へと昇華する、その
過程で夫妻の対話が土地の環境を詩的に表現する。


レイチェル・サスマン《世界で最古の生き物》
Rachel Sussman, The Oldest Living Things in the World, 2004–2014, © Taipei Fine Arts Museum
科学者とのコラボレーションで世界中の最古の植物を撮影した写真作品。

「ポスト・ネイチャー」 とは?
Q1 最初に、台北ビエンナーレのタイトル、「ポスト・ネイチャー」とはどういう意味で使っているのでしょうか?

WM 我々が「自然」ということばで理解している概念は100年前とは大きく変化しています。我々の存在や生活は人びとと自然の関係性を大きく変え、その結果、「自然」という概念を作り替えてきたとも言えるでしょう。例えば公園の木は一見自然に見えるが、それは人工的に植えられ、人間によってデザインされたもの。このように現在の自然環境はもはやナイーブではない、純粋なものではない。その状態を「ポスト・ネイチャー」と呼んでいます。
本来の自然には戻れない、とすると我々はどのようにこの「ポスト・ネイチャー」に関わればいいのか、ここではそれに対する多様な興味深い問いかけを提示しています。しかし、具体的な提案や解決法を示しているわけではない。このビエンナーレは、我々がその一部でもある自然への関係性を再解釈、再定義、再構築する契機となり、それによって議論をはじめ、引いてはアクションや変化につなげようとする試みなのです。

Indigenous Justice Classroom、The First Ketagalan Boulevard Arena Seminar, 2018/11/24
Speaker: Panai Kusui, with musician Chen-Chung Lee. Photo: Ming-Hsiu Tsai
ドキュメンタリー映像作家、音楽家、クリエイターなどによるコレクティブ。2017年、先住地域に関する法改正への抗議運動から結成され、
ビエンナーレでは連続レクチャー、音楽パフォーマンス、ワークショップなどを活発に開催した。


ケ・チン・ユエン(柯金源)《前進》
Ke Chin-Yuan, The Age of Awakening, 2018, documentary, color, sound, 108 min. © Taipei Fine Arts Museum
台湾公営テレビのプロデューサーとして30年にわたり台湾の環境課題やエコロジーについてのドキュメント映像を制作。


チェン・チュ-イェン(陳珠櫻)《ソーラー・インセクト動物園》
Chen Chu-Yin + Solar Insects Vivarium Workshop, Paris 8 University, Neo Eden – Solar Insects Vivarium, 2015-2018, electric parts, solar cells ©Michiko Akiba
ソーラーシステムで動く様々な人工昆虫を展示。

台湾で今開催する意味?
Q2  この展覧会は環境というテーマに絞って企画していますが、このような明確なテーマに基づいたビエンナーレを台湾でおこなう意味、それはもちろんグローバルにも大きな意味を持つと思いますが、今この企画をここでおこなう背景とはどのようなことでしょうか?

WM 台湾では都市環境が産業化と開発によって急激な変化を起こし、課題が山積しています。大気汚染、騒音、土壌や水の汚染といった環境問題に対する関心や抗議の動きはますます広まり、多くの環境団体が活動を展開し、環境に関する緊急の対話が必要だと感じています。
ただ環境といっても、それは歴史、政治、経済、産業などに大きな影響を受けており、多様な積層で構成されるもので、基本的なエコシステムは総合的に理解しなくてはいけない。
そこで本展は複雑だが新たな持続可能性について探る実験と対話の場となることをめざして、分野横断的で参加型の形をとっています。まずは身の回りの身近な環境から考え実践につなげるためコミュニティの参加を非常に重視しています。

Ecolab風景 :ヅォ・リン《雑草から一杯のお茶まで》ワークショップ
Zo Lin “From Weeds to a Pot of Tea” Workshop, Taipei Biennial 2018 ©Taipei Fine Arts Museum


Ecolab風景 : Taiwan Thousand Miles Trail Association Lecture, Open Green Lecture ©Taipei Fine Arts Museum


Ecolab風景 : Kuroshio Ocean Education Foundation Performance ©Taipei Fine Arts Museum

エコラボ(EcoLab)とは?
Q3 エコラボという展示コーナーに、地元の環境団体やNGOが参加しており、これが大きな特徴のひとつといえると思います。それらには必ずしもアート活動とはいえない団体も含まれますが、その意図するところや意味を教えてください。

WM このビエンナーレにはアートとして強い印象を残す作品が展示されていると同時に、環境団体、NGO、社会学者、活動家、科学者、都市計画家なども参加しています。それはこの展示が単にエコシステムの現状や課題を指し示し解説するだけの場ではなく、異なる分野をフラットなプラットフォームとして提示し、協働、変化、発信、統合の場を再構成する試みであるからです。

YC Ecolabには台湾を拠点とする多くの環境系団体が参加しています。
それらは、Kuroshio Ocean Education Foundation、Taiwan Thousand Miles Trail Association、Open Green、Jui-Kuang CHAO+Taiwan Community University、Zo LIN – Weed Day、Keelong River Watch Unionの6団体です。
ビエンナーレの準備期間は2017年10月から10か月間で、それぞれが本展のためにプロジェクトをおこなったり、コラボレーションを始めるための時間がなかったので、「エコラボ」というコーナーにそれぞれの活動を集め紹介する形となっています。
この準備のプロセスで、多くの団体にとって自分たちの活動をどうやって見せるか、が課題でした。彼らはとにかくデータ、マテリアル、写真など活動をトレースする興味深い貴重な素材をたくさん持っています。そこで、美術館専属の建築家、デザイナー、アーティストグループが彼らの活動を展示する協力をおこない、我々は必要に応じてそれぞれを結びつけ、彼らのエネルギーや多様な経験、知識をわかりやすく表現、展示することに徹しています。そこから協力関係や新たな取り組みを始めることに繫がればと思います。

WM 多くの団体が参加しているので、この経験を消化するにはさらに時間が必要です。ただ、毎週末、彼らはアーティストとともにレクチャー、ツアー、ワークショップ、フォーラム、パフォーマンス、シンポジウムなどを活発に実施して、市民が自身でなにができるかということを議論する場、発信する場をつくり出しています。

Ecolab風景 : Keelong River Watch Union UBike Tour, Jui-kuang CHAO + Tainan Community University Lecture ©Taipei Fine Arts Museum

市民活動とアート?
Q4 このような活動や市民への教育活動とアーティストの活動が相互に変化を与えあっていると思いますか?

WM 難しい質問ですが、アーティストは分野横断的に活動できると思っています。アーティストは大きく重要な課題について問いかけをおこないます。
一方でアクティビストやNGOは現実的なゴールをもち、質問への答えを求め、具体的な変化を起こすことをめざし、リサーチによるデータの収集、科学者との協働を通じた活動をしています。このように両者のコンビネーションが異なるので、当然アウトカムは変わってくるといえます。 
活動団体は一般の人びとと関係するためによりクリエイティブなアイディアが必要だと認識している。 その点でこの展覧会に参加して、多くの影響を受けているし、また一般の人びとの関心を広く集めることができたことに満足しています。
アーティストも深くリサーチをしなければならないが、なかなかむずかしく、表面的になってしまうこともある。一方で、NGOは深くリサーチをしており、その意味で多様な組織、団体に参加してもらい、これらの出会いはいいコンビネーションであり、互いに刺激となっています。

Q5 アーティストの創造性はソーシャル・ワークやコミュニティ・ムーブメント活動にとってどういう影響があるのでしょうか?ソーシャリー・エンゲイジド・アートのように、アーティストが社会や人びとと深く関わる場合、その存在がどのような違いをもたらすと思いますか?

WM 本展では準備期間も短かったので、本展のための「ソーシャリー・エンゲイジド・アート(SEA)」を実施したわけではありません。SEAはプロセスが重要で長期間にわたる関係性の構築が必要になるので、展覧会という短期間でプロジェクトを実現するのはむずかしいのです。そのために、NGOも参加してもらい、さまざまなワークショップやツアーを日常的に展開し、現実的な社会的課題を展覧会に持ち込んだのです。

バンブー・カーテン・スタジオ(Bamboo Curtain Studio) ©Michiko Akiba
アーティスト・イン・レジデンスのスタジオ

MS 私は台北市の北部竹圍地区に設立したバンブー・カーテン・スタジオ(註)でウー・マリとともに20年余試行錯誤してきました。いくら科学者が説明をしようとしても、なかなか伝わらないことがあります。それを、アーティストの想像力によって人びとの心や意識に届けることが大事だと思っています。意識の変化には長い時間がかかりますが。

ウー・マリ+バンブー・カーテン・スタジオ《Art as Environment – A Cultural Action at the Plum Tree Creek (2009- ) 》©Bamboo Curtain Studio
Plum Tree Creekをたどるツアー(上), 朝食ミーティング(左下),Taipei MOCA 2013での展示(右下)

バンブー・カーテン・スタジオを拠点として実践している《Art as Environment – A Cultural Action at the Plum Tree Creek (2009- ) 》では周辺地域の急激な開発によって汚染された13キロメートルのプラムツリー・クリーク (樹梅坑渓)流域を対象に、専門家、住民、行政の間の協働をめざしアートで介入する活動を展開してきました。リサーチと対話を通じて、自分たちの身近な環境を知ること、そしてこの貴重な自然資源を自分たちのものとして再生させること。そのために教育プログラム、朝食ミーティング、学校とのコラボ、シアターなどのイベントを開催、できるだけ多くの人びとが参加して発言する機会を提供してきました。 最初流域住民は WM とのミーティングを待っている状態で、自発的でなく、その時だけの話で終わってしまっていた。私たちは活動をともに続けるが、最終的にはあなた方が気づいて活動しなくてはならない、というスタンスです。その結果、今では住民の受け身の姿勢も徐々に変わってきています。

WM アーティストがコミュニティと仕事をするとき、私たちはアーティストであり、建築家、科学者、政府でもない、資金を負担することもできない。クリエイティブな人は手助けをするが、問題に対してよりよい未来を実現するはあなた方自身。長期にわたって紡ぐことが大切、そこから自らのアクションを起こすこと、それによってドラスティックではないが、持続可能な活動になってほしいのです。

美的な価値?
Q6 アーティストが参加することによる美的な価値についてどう思いますか?

WM 私にとって美的という概念は倫理と一緒であるべきだと思っています。
すなわち、身体、意識が心地よいと感じることが美的であるということ。その意味でエコロジーはエステティックの一部なのだと思います。いわゆる従来型のファインアートやその美的な価値を批判はしないが、私が実践しているアート活動はコミュニティや人びととの対話や協働のプロセスがより重要で、エステティックを広い意味でとらえています。

美術館で展示すること? プロセスをフォームに
Q7 近年、マリさんが実践しているようなアート活動を美術館、美術界の文脈で展示することが増えていると思いますが、展示にあたってはどのようなむずかしさを感じますか?

WM & MS 《プラムツリー・クリーク・プロジェクト》は2012年の最も重要なプロジェクトとして台新芸術賞を受賞し、その結果「台北MOCA2013」に参加することになりました。《Plum Tree Creek Project》 のようなコミュニティと協働するSEAは美術館で展示する意図でやっているわけでないのに、美術館でアートとして展示しなくてはいけない。それはプロセスをなんらかのフォームにする必要があるということ。でもコミュニティが必要としているからやっているということをいつも心に留めなければいけないし、伝えなければならないのです。

ルアンサック・アヌワトウィモン《アントロポセン》
Ruangsak Anuwatwimon, Anthropocene, 2018, mixed media, dimensions variable. ©Taipei Fine Arts Museum


ルアンサック・アヌワトウィモン《アントロポセン》
Ruangsak Anuwatwimon, Anthropocene, 2018, mixed media, dimensions variable. ©Taipei Fine Arts Museum

本展に参加しているアーティストでも環境活動とアート界での展示のバランスをとっているアーティストもいる。例えば、タイ人のアーティスト、ルアンサック・アヌワトウィモン(Ruangsak Anuwatwimon)は、いつも「グリーンピース」のような環境活動団体とともに仕事をして情報収集、リサーチをしている。まわりからはアーティストというよりはアクティビストとして認知されているが、今回のビエンナーレでは、自らが集めた汚染された素材による作品を展示している。それは視覚的に美しい彫刻群のインスタレーションとその背後の壁面にはゴミ捨て場で汚染物質を集めるビデオが共存している作品です。

美術館がアクションへの発信基地?
Q8 この台北ビエンナーレでは美術館自体が対話と発信の場所になっていると思いますが、その意図や市民からの反応はどうですか?

WM 本展のように異なる分野を横断する創造的なプロジェクトを提示することによって、美術館はそれらを結びつける新たなプラットフォーム、知識の枠組み、そして創造的な生産の基盤へと変身することができると思ってます。《プラムツリー・クリーク・プロジェクト》のように、ここが新たなアート、プログラミング、リサーチを通じた、地域をめぐる相互コミュニケーションの接点として機能することを願っています。

地域コミュニティ、引いてはグローバルなレベルで美術館が異なる分野や組織間のコラボレーションを推進する発信基地になる可能性を問いたい。この意味で、美術館はホワイトキューブに完成された作品を展示する、地域から分離された空間だけではないという、美術館やその制度の新たなあり方をポジティブに問う機会ともなっています。

アーティストばかりでなく、市民活動団体、大学、都市計画家、建築家、NGOなどが参加した結果、ローカルで身近な課題が提示されることになり、いつもは美術館に行かない人が参加し、多くの若い人びとやファミリーが多様々な関心をもって訪れている。それによって美術館は高い壁ではない、地域や人びとと密接に関係しているというポジティブな反応が市や美術館に寄せられている。通常、現代美術の展示はわけがわからないという批判的な投書が多いが、今回は良い展覧会だったとの反応が多く、市も驚いている!(笑)

そのために毎週末多数のワークショップ、ガイドツアー、トーク、パフォーマンス、シンポジウムを開催しました。ビエンナーレはこのような体験やアウトリーチによってアートと現実をつなぐ機会となって今までとは全く違うイベントになっている。理解そして変化へとつながるということ。

徐々にではあるが、市民の関心が確実に高まっていることを実感しています。この展覧会には、学校の児童・生徒がクラス単位で訪れており、一般向けのガイドツアーもいつも満員になっている。ガイドからも非常に多くのポジティブな反響があると聞いているし、ボランティアも非常に熱心に自主学習をしています。

このように、地域の環境課題との関係性を扱うことによって、みんなが社会的な当事者であると再認識することが重要だと思っています。アートを通じて日常生活に根ざしたイッシューを自分自身の問題として関わること。アクションをおこすきっかけとなり実現に向かっての第一歩となること。それには、アートによって多分野を横断的につなぐ協働が今後ますます重要になってくるし、特にこのビエンナーレ後にその影響が着実に現れてくれることを期待しています。 

Q ありがとうございました!

ライラ・チンフイ・ファン(范欽慧)《ユアンシャン(円山)付近の風景:基隆河辺の静寂と騒音》
Laila Chin-Hui Fan, Scenery near Yuanshan: Silence and Commotion beside the Keelung River, 2018,sound installation,
5 min 51 sec. ©Taipei Fine Arts Museum
Left wall: Kuo Hsueh-Hu, Scenery near Yuanshan, 1928, gouache on silk, 94.5×188 cm. Collection of Taipei Fine Arts Museum


「円山サウンドスケープ」ガイドツアー Walking Tour: “A Guide Tour to the Yuanshan Soundscape,” led by Laila Chin-Hui Fan.
© Taipei Fine Arts Museum
(写真右)ツアーに同行してくれたイェン-イン・チェン氏(Yen-Ing Chen)と日本語での完璧な通訳ガイドをしてくれたビエンナーレ・ス
タッフ。

インタビュー翌日、ウー・マリ氏に薦められ、我々も実際に「円山サウンドスケープ(Yuanshan Soundscape)」のアーティストによるガイドツアーに参加してみた。ライラ・チン-フイ(Laila Chin-Hui)は子どものころから音を集めることに関心をもち、2015年に台湾サウンドスケープ協会(Soundscape Association of Taiwan)を設立、自然の音と地域の歴史の変遷を記録する活動をしている。この作品はビエンナーレ会場から徒歩圏の円山地区が舞台。90年前のどかな田舎の風景画からインスピレーションを得て、この絵が描かれた、日本統治時代の記憶を色濃く残す場所を歩きながら、当時のサウンドや現代の騒音を体験するツアー。
当日はあいにくの雨の中を2時間、場所の記憶と現代の風景の急激な変化をたどりながら急峻な山登りを含むハードなハイク。アーティスト、ボランティア(完璧な日本語スタッフも!)の熱意と、参加者みんなが熱心なことに驚いた!このような体験がウー・マリ氏の期待する、市民主体のアクションの第一歩になることを実感したツアーだった。

バンブー・カーテン・スタジオ(Bamboo Curtain Studio)にて
左からアイリス・ハン(Iris Hung) 、藤元、マーガレット・シウ(Margaret Shiu)、清水、秋葉、小澤、川口

(文/構成 清水裕子)


註1
バンブー・カーテン・スタジオ(Bamboo Curtain Studio )
バンブー・カーテン・スタジオはアートとコミュニティを結びつけ、環境の持続可能性を考える場所となっている。台北市北部、淡水河口に近い竹圍地区の養鶏場だった場所を、1995年Margaret Shiu(MS)がアーティストのスタジオ、展示スペースへと改装し、実験的な創作の場所とした。その後、台湾におけるアーティストインレジデンス(AIR)の先駆的存在として、国際的なアーティストの滞在、交流の中心地へと発展した。2007年より、台湾文化部がAIR支援をはじめ、MSはその政策策定にも尽力、東南アジアや日本のアーティストやAIR組織とも緊密な連携を図っている。
「クリエイティブな協働は変化への触媒」という思想にもとづき、近隣住民とともに周辺環境への認識と行動を喚起する対話のプロジェクト《Art as Environment – A Cultural Action at the Plum Tree Creek(台北市、樹梅坑渓、2009- 本文中参照)》を
継続的に実施している。現在はマネージングチームをつくり、ディレクターのアイリス・ハン氏(Iris Hung)を中心に、様々な環境活動や教育プログラムを周辺の学校と連携して実施、Bamboo Natural Parkでのプロジェクトの実施など、その活動の幅を拡げている。

註2
マーガレット・シウ Margaret Shiu
アーティスト、1995年バンブーカーテンスタジオ(Bamboo Garden Studio BCS)を創設。BCSにおいてアーティスト・イン・レジデンスを実施、国際的なアーティストの交流を支援する、台湾におけるアーティスト・イン・レジデンスの先駆者として、政府の政策づくりにも貢献している。ウー・マリ氏と立ち上げた《Art as Environment – A Cultural Action at the Plum Tree Creek (2009- ) 》をはじめとして、アートとコミュニティを結び、地域の持続可能性をともに考える活動を長期的に支援している。

註3
イェン-イン・チェン Yen-Ing Chen
台北ビエンナーレのウー・マリ氏アシスタント、ガイドブック及びカタログの編集長を務める。1997年から2004年まで台北市立美術館で展覧会を企画、その後Art & Collection Group の編集長、現在はフリーランス・エディターとして活動する。

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